ゆうかユスリカ
何故ならその物語は、現在の私の姿を投影したかのように、シナリオが構成されているからだ。


大罪を犯した少女が、罪悪感と逃避により長く苦しみ、そして堕落していく。


その果てに一人の青年に助けを求め、大罪は正当化されるが、先を読む前に約束の30分を迎えてしまった。


私の涙に気づいたのは、タマキ先輩だった。


「よかったら、ハンカチどうぞ」


「……っ、ありがとうございます」


感動したというよりかは、読んでいて胸が苦しくなり、己の運命と深く植え付けられるような気持ち悪さに、こみあげるものがあったのだ。


タマキ先輩のハンカチで涙を拭くも、どんどん止めどなく溢れてきて、私はシナリオという1つの世界の強大さを知ってしまった。


それはまた、クラノも同じだろう。


目の前に泣いている私がいるというのに、30分を過ぎたというのに、まるで何も聞こえていないかのように、目を反らすことなくどんどんページを捲っていく。


私はこんなにも、先の話を読むのが苦しいのに。


「ゆうかちゃんは、感受性がとても豊かだね。
実は、今まで沢山本を書いてきたけど、人が泣けるくらい心を動かす作品を書いたことは無かったんだ。
今までそんな感想を受け取ったことも無い。
だから……少し嬉しいかな」


「読んでいて、とても圧倒されました。
クラノが太鼓判を押すだけありますね、すごいです……。
私文芸部に入部して、そんな作品を作ることができるでしょうか」


「もちろん。
小説を執筆する上で大切なのは、やる気でも文才でも無い。
自分の世界を十分に表現できるに値する《環境》が重要なんだ。
だから僕たちは……入部をいつでも待ってるよ」


そう言ったタマキ先輩の表情はとても希望に満ち溢れていて、私はその表情を見た瞬間、不思議な気持ちが込み上げてくる。


それは(本当にタマキ先輩は書き物が好きなんだ)という綺麗な気持ちと、(私も何かに熱中できるものがあれば、大罪を忘れることができるのではないか)という下衆な気持ち。


私はその後者に突き動かされ、タマキ先輩に「私、朝一で入部届け出しに行きます!」と告げる。


タマキ先輩は一瞬目を見開いて驚いた表情をするも、ふっと柔らかく微笑み「本当にありがとう!」と歓迎してくれた。


いつの間にか私は、タマキ先輩に対して、いつも誰かに対して感じていた《恐怖》というものがなくなっていた。


以前の私のように、落ち着いてコミュニケーションができていることにとても喜びを感じる。


その時私はタマキ先輩の姿が、とても輝かしく見えていたのかもしれない。


まるで空に浮かぶ、一番星のように。





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