戀のウタ
 さっきまで車内を満たしていたバニラビーンズの香りが一瞬にしてどこかに消えた気がする。

 白河先輩の視線はアタシにそう感じさせてしまうほど熱っぽくて強い。
 その強さは何だろうと混乱する頭で必死に考える。

 だけど考えを巡らせ終えるよりも目の前にある白河先輩の顔に意識が、視線が釘付けになって考えれない。

 夕暮れ間際の西日で見事な陰影を付けた先輩の顔。
 武道をしている人間特有の精悍な顔付きが深く落ちた影によって更に引き締まって見えてアタシの心拍数をぐんと上げる。

 「上がる」というよりゲージを振り切る感じ。
 まるで体全体が心臓になったみたいにドクンドクンと脈打っているみたい。

 耳を澄まさなくても狭い車内いっぱいにアタシの心臓の音が響いているように思えて恥かしくなった。

 恥かしがって俯けたら楽なのに身動きが取れない。
 それほど白河先輩に捕らえられている。


 じっと固まるアタシの頬に先輩の大きな手が触れた。
 そっと包み込むような優しい触れ方だけど触れた頬が火傷したみたいに熱く感じる。

 触れたままの手を感じながらボーっとしているとゆっくりと白河先輩の顔が近付いてきた。

 一緒にいるだけならあり得ないほど近い距離なのに不思議と不快感も警戒心も湧かない。

 寧ろどこか近付いてもらえるのを待ちわびているような気持さえ感じる。
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