戀のウタ
 眼鏡で補正のかかった視力でその後ろ姿を凝視する。
 背格好で、というよりも直観的にそれがミチルだと俺は確信した。


「――いた!ミチル…ッ!」


 いつもならこんな道のど真ん中で名前を呼ぶのは恥ずかしけどこの時ばかりはそうは感じなかった。

 走ってきたせいで息の上がったまま呼んだ名前は車の往来による騒音でかき消える。
 くそ、もうちょっと近づかなきゃ聞こえないか!

 俺はミチルに気付いて欲しい一心でもう1度足を動かす。
 走り始めてすぐに白い車が走り抜けた。

 白い車体を見送るとその車はクラクションを鳴らしテールランプを光らせる。
 ハザードランプを点滅させながら白い車は徐々に失速し、しばらく先で止まった。

 距離感はしっかり掴めないが車が止まった位置はミチルの近くだ。


 なんだか…理由は無いけど嫌な感じたした。


 しばらくすると運転席側のウィンドウが開いた。
 そこから人影が覗く。

 髪の長さから男だろう。
 下手なナンパ野郎ならミチルはすぐに断るはずだ。
 そういうのが嫌いなのは知っている。
 
 だけど。


『…愁にぃ?』


 ミチルの声がノイズ混じりに耳元で聞こえた。
 幻聴なんかじゃない、本当に、ミチルの声。
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