戀のウタ
 俺の言葉に千鶴さんの言葉が止まった。卑怯だけど足元は見されてもらう。


「…分かったわ。こちらとしてもミチルさんの身柄は保証しなきゃ駄目だし」


 どうやら俺の一言が効いたようで暫くの無言の後、千鶴さんが諦めを含んだ声で答えた。


「ありがとうございます。俺もこれ以上プロジェクトに迷惑をかけたく――」

「プロジェクト上、だけじゃないわ。ミチルさんが無事じゃないと恭介君が可哀そうだもの」


 無謀な交渉を押し通すために感情を押し殺し淡々としゃべっていたところに不意打ちでいつもの千鶴さんらしい優しい言葉がかけられる。

 その言葉に張りつめていたものが霧散した。
 ピリピリしていた反動で一気に安堵が押し寄せる。


「本当に…すみません」

「いいのよ。兎に角今はこっちに来て頂戴ね。トレースの手配はすぐにしておくから」

「わかりました」


 千鶴さんの言葉に俺は了承の意を示すとすぐにさっきの車のナンバーを伝えて電話を終えた。

 通話を終えた携帯電話の液晶を見やる。
 リダイヤル画面を見れば千鶴さんの下にミチルの番号。
 このままボタンを押せばミチルに繋がる。

 だけどなんだかボタン1つのことなのに遠い気がした。
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