戀のウタ
 その自信の無さが謝らなくていいと言われても申し訳ないと思う気持ちに繋がってしまう。
 形の良い整った眉をハの字にする彼女を見て山内は手に持った漫画を机に置いた。

 そして少年というには大きく、かといって青年というには華奢な手で向かいに座る里奈の頭をわしゃっと撫でる。


「この話はこれで終わり!もうだいぶ日も暮れてきたし帰るぞ!」

「え…あ、うん。そうだね」


 山内の威勢の良い声に里奈はハッと我に返った。

 確かに彼の言う通り目がくらむほど眩しかった西日は影を潜め、窓の外に見えるオレンジ色の空には夜の藍色が混じっている。

 秋の夜は本当に足早だ。


 だがそんなことよりも今までただのクラスメイトだと思っていた少年の見慣れぬ一面を見たことの方が里奈にとっては重要だった。
 それに加えて突然撫でてきた手の感触が里奈の胸の奥をキュッと締め付け熱くする。

 里奈のざわめく心とは裏腹に山内はいつもと変わらない様子でバタバタと机の上に広げた漫画を片付け帰り支度に勤しむ。

 朝焼けとはまた違う薄暗さと光を受けた山内の横顔が里奈には凄く貴重なものに見えた。


「ほら、帰るぞ!」

「う、うん」


 教科書類は全部ロッカーにでも置いていているのだろう、明らかに予習復習をする気も気配も無い軽そうなバッグを抱えて山内は里奈を急かす。

 急かされた里奈は慌てて席を立ってバッグを持って先に行く背を追った。
 少しぐらい待ってくれれば良いのに、里奈がそう思っていると山内の足が止まる。

 ふいに止まった歩みと一緒に2人きりの教室の空気も止まった。
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