戀のウタ
 重苦しい空気ではないが何故だか改まってしまうような空気につられ里奈も動きを止める。 

 後ろにある気配が止まったのを感じた山内は振り返らずにぽつりとつぶやいた。


「やっぱさ、苗字って大事だと思うぞ、御手洗」


 はっきりと聞こえた言葉に彼女は心の中で嘆息した。

 今まで頑なに拒んでいた苗字が妙にストンと心の中に落ち着く。

 きっと他の人間に言われていたらこんな風に感じなかっただろう。
 名字の重みを知っている山内の言葉だからこそ響く言葉だと思った。

 今まで不快感さえ感じていた苗字が急に愛おしく感じられ、里奈は小さく笑う。


「…そうだね。ありがと」

「何に対しての「ありがと」だよ?」

「言ーわない!」


 分かっているのに敢えてそう言う山内のそばを里奈は足早に抜ける。
 追い抜かれた山内が慌てて後に続いた。


 2人が教室を出ると同時に最終下校を知らせるチャイムが夕暮れの校内に響き渡る。

 殊更大きく聞こえるそれが鳴り終わると廊下には2人の足音だけが響いた。

 昇降口に向かって並んで歩くそばから里奈が口を開く。
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