戀のウタ
 千鶴は屏風の向こうを見、人を招き入れるのに片付けないといけない程でもないのを確認するとゆっくりと深呼吸をして気持ちを切り替える。

 手早くAAAクラスの資料を仕舞いデスクを整えるとディスプレイの傍らに置いた写真立てに手を伸ばした。
 そこに嵌め込められた写真を見る。

 在りし過去を切り取った絵に懐かしさが胸を満たすが彼女はすぐにそれを仕舞いこみ写真が見えないように伏せて置いた。

 そして壁にある液晶を見て来訪者を確認する。

 短く刈り込んだ髪に浅黒く日焼けした肌が見えた。
 険のある鋭い眼光が液晶越しに千鶴を睨む。


 おおよそ研究者らしくない野性味を感じる風貌の人物は氷川次郎だった。


 彼が特技研内で異質な存在感を放つのも仕方が無い。

 カイロスプロジェクトに於いて唯一の外部スタッフで陸上自衛隊から出向してきた自衛官だからだ。

 出向理由は千鶴の担当する『カイロスプロジェクト』の試作8号機『KRS-08(カイロス-ゼロエイト)』の武装・武力調整・指導担当、並びにアドバイザーとしてである。

 プロジェクト上、望まぬ形で軍事転用を余儀なくされた経緯もあり千鶴は彼にあまり良い印象は持てなかった。

 日本は憲法上、非戦を掲げている。
 自衛・予算確保の為でも武装プランを盛り込むというのは人命救助を主旨としたカイロスプロジェクトの理念から遠い。

 だが現実にプロジェクトの存続を考えれば仕方のないこと。
 三宅千鶴個人としての感情を出して研究を頓挫させるわけにはいかない。
 千鶴には大人しく恭順の意思を示し頭を垂れるしか選択肢は無かった。 
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