戀のウタ
「7D区画の改修工事が終わった。今後、実装テストはそちらで行う」

「分かりました。恭介君にはそのように伝えておきます」


 氷川のこの固く命令的な物言いに大概のスタッフは良い顔をしない。

 だが顔を突き合わす機会の多い千鶴はいつものようにたおやかに人好きする笑顔で答えた。

 そしてパソコンに向かうと手早くスケジュールウィンドウをアクティブにし、キーを叩きテスト先を告げられた7D区画へと変更する。


 思えばこの7D区画の改修工事が早く済んでいれば…と千鶴は思う。

 もしそうであればわざわざ民間施設に――、恭介の通う学校に圧力をかけ体育館など使わずに済んでいた。
 体育館さえ使わなければ恭介の幼馴染まで巻き込むことは無かったのではないかいう仮定の事実が彼女の脳裏を過ぎる。

 だがそれは言っても仕方のない過去のこと。
 そう結論付けると千鶴は過ぎ去った事実を脳内から追いやりウィンドウを閉じた。

 ディスプレイから目を離し、氷川の方へと再び向き直る。


「7D区画が使えるならもう少し本格的な実戦データが取れますね」

「スペック上での話ならな。人型ベースにしても『人型』の部分が多過ぎる」


 氷川は続けて「使い物にならん」と吐き捨てた。

 その言葉に千鶴の表情が曇る。その様子を目敏く見とめた氷川が嘲笑った。
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