戀のウタ
「自分の研究作品を貶されて悔しいという顔だな」

「研究作品だなんて…恭介君は人間ですよ。作品なんかじゃありません」


 大概のことは笑顔でやり過ごす千鶴が珍しく反論した。
 だがその反論も予想の範疇だったのか氷川は喉を鳴らして笑う。
 嘲笑は相変わらずだ。


「恭介?違うだろう、『ゼロエイト』だ。あれは人じゃない」

「…彼は『中野恭介』という人間です」


 からかう響きのある男の言葉を千鶴は固い声色で否定し、訂正する。
 彼女にとって研究は人生を賭したものであるが、だからとってその研究対象である恭介をただの研究対象として見てきてはいない。

 彼女にとって恭介は『KRS-08』というコードネーム以上の対象であり存在だ。


「何をそんなに拘る必要がある?研究者は研究者らしく被検体を研究物として扱えばいいだけの話だろう」

「あなたは――」

「あれが研究対象以上の存在だから、か?」


 『研究物』と恭介を蔑む氷川についに彼女は席を立って否定しようとした。
 だがそれよりも先に冷徹な一言が千鶴にぶつけられる。

 まるで研ぎ澄まされた鋩(きっさき)が喉元に当てられているような緊迫感に千鶴は言葉を失った。
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