戀のウタ
 先程の一言が彼女を脅かす最大の手と確信した氷川が口端を歪めて笑う。

 組んだままの長い足を解くと立ち上がり千鶴の前に立ち塞がった。

 長身である故以上の、氷川本人が生来醸し出す硬質で高圧な空気が座ったままの千鶴を押さえつける。


「死んだ亭主に似ているからか?三宅技術統括。いや『一之瀬』技術統括?」


 本来名乗るべきであろう名前。
 旧姓である『一之瀬』を口にされ千鶴は絶句する。

 彼女の瞳に現れた動揺を氷川は見逃さず更に続けた。


「愁傷な事だな、死んだ男の名前を守って名乗り続けるとは。それどころかその男が成し遂げれなかった研究まで継いで」


 揶揄を含む声色に更に千鶴の動揺が増した。

 常に穏やかに佇む女の態度が崩れるのを目にして氷川の加虐心が更に膨れ上がる。


「三宅正嗣(みやけ まさつぐ)。10年前のKRS-04(カイロス-ゼロフォー)の実験事故で死亡した当時のカイロスプロジェクトの技術統括。その妻であり実験事故の唯一の生存者がお前だ。ゼロフォーの実験事故でプロジェクト解散の憂き目に遭うがゼロフォーの研究者としての実績を買われゼロエイトチームに異動。そして…」


 節の目立ついかつい手が千鶴の白い顎を捉える。
 ぐっと上を見上げさせ目線を無理やり合わせさせた。

 そして一言、「現在に至る」と纏める。

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