戀のウタ
「女としての生き場も失くして研究に没頭して。にもかかわらず結果を出せずにプロジェクト凍結案まで出ている」


 千鶴の首筋に当てていた氷川の手が下へと降りる。
 鎖骨に指を這わせ彼女が着ているカットソーに手をかけた。

 肩口をぐっと引き下ろされ痩せた肩が露わになる。

 白熱灯の煌々とした光に照らされた肩は酷い傷跡に覆われており小さく細い肩を一層弱々しく見せた。


 傷跡は肩口だけでなくそこから腹部にまで到達する。

 10年という年月を経て尚残る1人だけ生き残ってしまったという悔恨の証だった。


 氷川の調査通りゼロフォーの実験事故は事実であり、それによって多くの技術者が死んだ。
 本来ならばその場に居合わせた千鶴もその犠牲者の1人になっていただろう。
 だが辛うじてプロジェクト主幹であり夫であった正嗣に助けられ一命を取り留めた。


 しかし千鶴にとってそれは希望のある生では無かった。

 実験の失敗による事故、最愛の夫の死。


 研究者としての自分、そして一人の女性としての1番大切なものを失ったのだから。
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