戀のウタ
「どうしたの?何かあった?」


 ぐったりと机に突っ伏した背中に柔らかい声が聞こえる。
 聞き慣れた優しい声に俺は体を起こし座ったまま肩越しに振り返った。

 年上の、女性らしい柔和な笑顔がそこにある。

 マシンのセッティングが終わったから呼びに来たようで千鶴さんの小脇には多分今日のテストに使われるマニュアルが抱えられていた。

 千鶴さんは他の所員の人みたいに研究者用の白衣を着ているけどあんまり科学者らしい感じはしない。
 どちらかといえば保健室の校医さんの方が似合ってると思う。

 ぶっちゃけ金山先生よりも千鶴さんがうちの学校の保健の先生でいてくれたらいいのにと思うほどだ。


「千鶴さん…」

「浮かない顔ね、学校で何かあったんでしょ?」


 まるでお見通し。

 喧嘩で怪我をして帰ってきた子供を迎え入れる母親のような優しく包容力のある微笑みに俺は先程までと違う安堵の溜息を吐いた。

 そして椅子に座ったままぐるっと振り返り千鶴さんの正面に向き直る。


「俺…、どうしたらいいかなって」

「…ひょっとしてミチルさんのこと?」

 
 昨日の今日というのもあるがそれ以上に俺がこんな風にへこむのはミチルに関してと考えてのことだろう。

 千鶴さんが俺の担当になってからはカイロスのことだけでなく学校のことや家のことも話すようになったし。

 だから自然とミチルの話題は多かった。

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