授かったら、エリート弁護士の愛が深まりました
「あはは、そんな顔しないでください」

口をあんぐりと開けたまま驚いている私を見て、板垣さんは初めて声を立てて笑った。

「あの空き巣事件のとき、お二人を見てすぐに恋人同士だということは察しがつきました。けど、俺はこの婚約の話を断れなかったんです」

あぁ、この人も私と同じなんだ……。

親から敷かれたレールの上をただ歩いて行くだけで、なにもかもが不自由なく用意されている。親の期待に応えたい、失望させたくない。だから従うしかない。きっと警視総監を父に持つ板垣さんも今までずっと“いい子”だったんだ。

「わ、わたし――」

黒川さんのことが好きなんです。

そう言おうとして口を開きかけたとき、板垣さんが先に言葉に出す。

「菜穂さんにはもう心に決めた人がいるんだっていうのはわかってます。けど、あの雨の日の夜、あなたがずぶ濡れで泣きながら歩いていた姿を見て、俺が守りたいって思ったんです。俺なら泣かせたりなんかしないって……気持ちを揺さぶられたんです。だから、少しずつでも歩み寄りあえませんか?」

板垣さんは信号待ちの間、膝の上に載せた私の手を不意にギュッと握った。黒川さん以外の手に触れられて、私は驚いて思わず手を引っ込めた。

「す、すみません……」

「いや、俺のほうこそ……不躾でした」
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