授かったら、エリート弁護士の愛が深まりました
と思いきや、坂田所長は渡した袋の中身を見るなり嬉しそうに顔を綻ばせた。

「いつもすまないねぇ、ベーカリーカマチのパンはカビが生えたって食える。それくらいうまいんだ」

「所長、初対面の人に食い意地張りすぎですよ。あ、お裾分けにあんパン入ってたら俺のですから」

「まったくふたりとも! 食い意地張ってるのは黒川先生も一緒! ごめんなさいねぇ、みっともないところをお見せして」

やれやれと野木さんが首を振ると、そんな様子がおかしくて私はつい噴き出してしまった。

いい人たちだな……。

無機質に小ぎれいなオフィスで神経質そうな弁護士がわき目もふらずデスクワークに没頭し、息を呑む音さえも雑音になるんじゃないかと気を遣うような事務所を想像していただけに、小規模だけどここは意を反して人情味のあるアットホームな所だった。

坂田弁護士事務所は坂田所長を筆頭に黒川さんを含め弁護士は三人。もう一人の弁護士は今、海外出張中らしい。事務関係は二人の派遣の職員で構成されていて、そして本棚の上にマスコットキャラクター的存在だという三毛猫のミケ子さんが身体を丸くして寝ていた。

「じゃあ、私はこれで……」

「あ、ちょっと待って」

あまり長居してお邪魔にならないうちにお暇しようとすると、黒川さんに引き止められた。

「せっかくだから君も一緒に食べていかないか?」

バスケットに盛られたパンの山をずいっと目の前に出されて、ハッと瞬時にその中に狐色に艶めくあんパンを見つけた。

ベーカリーカマチのあんパンは私のなによりの大好物……。

あぁ、あんパンが……あんパンが私を誘惑するーっ!
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