授かったら、エリート弁護士の愛が深まりました
「一杯どう?」

「いただきます」

私は遠慮も忘れてグラスに手を添える。口に含むと、ピリッと辛口大吟醸のフルーティーな香りが鼻から抜けた。

はぁ、幸せ……ほんと、幸せ。

人生は山あり谷あり、だから今はきっと山を駆け上がっているところだろう。頂点まで駆け上がってこのままずっと幸せを味わっていたい。

「よかった」

不意に黒川さんの表情がやんわりとした。

「今までOLだったなら接客業は慣れない仕事だろ? 仕事してるとき遠目からでも緊張してるのがわかった。今日もね。だから君の笑顔が見られてホッとした」

「え……」

店の前を通りがかったときに私のこと、見てたんだ……。

仕事に集中していて誰が店の前を通ったかなんてさすがに見ている余裕なんてない。けど、そんな私を密かに見られていたと思うと気恥ずかしくなる。

「だからうまい物でも食べれば、いい気分転換になるかなって思ってさ」

そっか、私に気を遣ってくれたんだ……。

「ありがとうございます。久しぶりにこんな美味しいお料理を頂きました」

黒川さんは些細なことにもさりげなく気遣いできる大人の男性だ。話を丁寧に聞く姿勢はさすが弁護士で、彼は私の他愛のない話にも耳を傾けてくれた。

「そういえば、聖子から聞きました。黒川さんがあの商店街のお店を地上げから守ってくれたって」

それが仕事だから彼にとっては当たり前のことなのかもしれないけれど、ベーカリーカマチは私にとっても大切なお店のひとつだ。だからどうしてもお礼が言いたかった。
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