授かったら、エリート弁護士の愛が深まりました
金田さんとの話し合いが難航して手こずっている。とチラッと黒川さんから聞いたのを思い出す。その証拠に金田さんは私の問いかけに表情を少し曇らせた。

「ええ、これから黒川先生に会う予定なんですけど……はぁ、自分から相談しに来ておいて、だめね。話をしていると、どうしても嫌なことばかり思い出してしまって……うまく話ができないんです」

金田さんは若く見えた。そして育ちのよさそうな美人な人だった。けれど小さく苦笑いをすると目じりに小皺が刻まれ、苦労続きの日常生活が目に浮かんだ。よく見ると、こめかみにうっすらと痣のような痕がある。

世の中には、誰にも相談できなくてどうしようもなくて悩んでいる人がたくさんいる。そんなとき、弁護士は頼りになる存在だ。金田さんもまた救いを求めて黒川さんを訪ねてきた一人。

さすがにどんな相談内容なのかまで尋ねるのは憚れる。けれど、なんとなく金田さんは誰かにDVを受けている。前に進みたくても進めない何かがある……そんな気がした。

「あの、差し出がましいかもしれませんが……心のどこかでまだ黒川さんを信じていないってことはありませんか?」

「え?」

思わぬことを聞かれて金田さんが私に視線を向ける。

「実は私、浅草に越してきて間もなくて黒川さんと出会ったのもつい最近なんですけど。きっとすごくいい人なんだろうなって直感したんです」

「出会ったばかりでどうしてそんなふうに思えるの?」

「あんパンを見つめる目が優しかったから、です」

そう言うと、不信感を露わにして寄せていた金田さんの眉間の皺がパッと開いた。

あぁ、私……また見ず知らずの人に馬鹿なこと言っちゃった!

金田さんは“は? なによそれ? 頭大丈夫?”とでも言いたげにきょとんとした顔をしていたけれど次の瞬間、ぷっと笑いを噴きだした。

「あんパンを見つめる目が優しかったからって、あはは、確かに黒川先生の大好物はあんパンだって言ってたわね」

「そうだ、あの、これよかったら……」

私は手に抱えていたパンの入った紙袋を金田さんに手渡した。
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