授かったら、エリート弁護士の愛が深まりました
聖子も同じことを言っていたし、万が一という私の不安も一瞬で杞憂に終わった。無駄にあれこれ考えていたのが馬鹿らしくなる。父のことを思うと、まだ懸念要因は拭いきれない。けれど、本人の口から“酔っぱらってたわけじゃない”という言葉を聞いた今、今度こそ自由に恋愛したい!という気持ちが閉ざされた箱の中から飛び出してくるような感覚を覚えた。

「私、不採用通知をもらってベーカリーカマチで凹んでたときに偶然、黒川さんのことを見かけたんです」

「ああ、知ってる。あのとき蒲池さんの横に可愛い子がいるなって思ったんだ」

えっ! あのとき……私のことも見てたんだ。

ただ店の外を通りすがっただけで、私のことなんて目に入ってないものだと思っていたのに……。

つい嬉しくなって口元が緩んでしまう。

「正直なことを言うと、初めて見たときから……黒川さんのこと気になってました。それにあんパンを見つめる目が優しくて、ますます……んっ」

好きになった。と言いかけたところで唇に掠めるようなキスをされた。その不意打ちにひゅっと喉が鳴る。唇に触れた温かさと柔らかさは初めてキスをしたときと同じだった。塞がれた唇は一瞬で離れたけれど、その感覚がじんじんと痺れるみたいにいつまでも残った。

「じゃあ、今日から正式に俺たち恋人同士ってことでいいな?」

「……はい。不束者ですがよろしくお願いします」

三つ指をつく勢いでペコッと頭を下げると、ようやく黒川さんが微笑んでくれた――。
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