授かったら、エリート弁護士の愛が深まりました
黒川さんがかすかになにかを口にした気がして手を止める。人の名前のようだったけれど、うまく聞き取れなかった。

「黒川さん?」

顔を向けると瞬きもせず表情もなく、ただ私を見つめてじっとしている。そんな黒川さんに首をかしげていると、えっ、と小さな声をあげた。期せずして出てしまったような声だ。

「どうしたんですか? どこか具合でも……」

「いや、なんでもないんだ。すまない、ぼーっとしたりして」

声をかけると黒川さんはハッとして瞳に焦点を取り戻す。そして苦笑いするとバツが悪そうに視線を泳がせた。

マユって言ったような気がしたけど……どう考えても女の人の名前だよね?

父親譲りの直感はこういうところでもよく働く。けれど、その直感もなにかの間違いだったということもある。

やっぱり聞き間違いかな?

とにかく今は黒川さんとの食事を楽しみたい。妙なことを考えて気分を台無しにしたくない。現実から目を逸らしているようだけど、私はただふたりで楽しい時間を過ごしたかった――。
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