虐げられた悪役王妃は、シナリオ通りを望まない
「それは脅しなの?」
エルマが憎悪の目で私を見る。ロウも同席しているのに、本性を隠そうともしない。
それ程、感情が高ぶっているのか。
「ただ自分達の行いを振り返り謝罪して欲しいと言っているんです」
そう告げた直後、それまで黙っていたリッツ男爵が口を挟んだ。
「王妃様はご自分の権力を笠に着て、過去の恨みを晴らしているだけだ。これは弱い者いじめでしかない。高い地位に就く者とは思えない愚行だ」
リッツ男爵はエルマと同じ琥珀色の瞳をしている。けれどそこに何の感情も浮かばない。
夢で見たときも感じたけれど、一番怖いのはこの人だ。だからこそ野放しには出来ない。
「リッツ男爵、あなたにも伝えることが有りました」
彼の問いには答えない。リッツ男爵は特に怒りを見せる訳でもなく答える。
「何でしょうか」
「ベルヴァルト公爵家の庭での出来事です。私を襲い地面に叩きつけたのはあなたですね」
リッツ男爵に初めて動揺が現われた。後ろに控えるロウも身じろぎしたのが分る。
ふたりとも理由は別ながら驚いているのだろう。
ロウは私がそんな目に遭っていたことに。そしてリッツ男爵は私があの時の出来事を覚えていたことに。
「……おっしゃる意味が分かりません」
リッツ男爵は早くも冷静さを取り戻し答える。
「それなら詳しく言いましょうか。偶然あなた達の話を聞いてしまった私を追いかけ、口封じしようとした。背中を膝で押さえつけられた時の痛みはよく覚えているわ」
「……」
「あなたは私を殺す気だったんでしょうね。躊躇いなく呼吸を塞いで来た。公爵が来たからとどめをささなかっただけ。その上生き残った私を利用しようと考えた。人の心があるとは思えない」
リッツ男爵の瞳に、強い感情が宿る。公爵は茫然自失でエルマは青ざめている。
「何が言いたいのですか?」
「悪人は報いを受けるべきです。あなたも相応の罰が下るのを覚悟しておいてね」
リッツ男爵が歯を食いしばったその時、公爵が床にひれ伏した。
「アリーセ! すまなかった。私はなんてことを……でもお前を殺す気なんてなかったんだ。あの時、直ぐに医者を呼び助けたんだ。どうか信じてくれ!」