男女7人!?夏物語~アイドルHinataの恋愛事情【3】~
10 それぞれの、カノジョ。
「たぁ~~っだいまぁ~」
夕方、中川が戻ってきた。
声のトーンは明るいけど……表情が珍しく暗いな。
少し疲れたのか、この間の俺と同じように、たたんだ布団に倒れこんだ。
「なんだよ、彼女にフラれたのか?」
「か、彼女なんていないし、別にフラれてもいないよ」
「そうか? それにしては、顔が暗いぞ?」
「……そういえばさ、樋口くんだって、フラれたばかりでしょう?」
「…………なんで知ってるんだ? 希に聞いたのか?」
「いや、そうじゃなくて。希さんが連れてくる人って、みんなそうなんだ」
「は?」
「失恋直後の人に、声かけてるみたい。あの人、フラれた現場になぜか居合わせてるの。ボクもそうだったし、高橋も……詳しくは聞いてないけど、そんなようなこと、以前チラッと言ってた」
……そうだったのか。
そういえば、高橋が希に出会ったのは『小学校の卒業式のとき』って言ってたから、卒業をきっかけに告って、フラれでもしたんだろーか。
「なんで、そんなやつに声かけてんだろーな?」
「さぁ? わかんないけど、希さんなりに考えがあってのことじゃない?」
「考え……ねぇ。アイツは、ほんとわかんねーな。中坊のくせに、あんな年上でかわいい彼女なんかいやがるしよ」
「あれ、樋口くん、遥子さんに会ったの?」
中川は少し驚いた様子で、身体を起こした。
「なんだ、中川も知ってたのか?」
「うん。遥子さんがまだ、いまみたいにブレイクしちゃう前にね」
「……は? 片桐ヨーコって、もう2年も前にはかなりキテただろ?」
「そうだね。うん、ボクが初めて遥子さんに会ったのは、確かその少し前だったと思うけど」
「希って、いま中1だろ? 2年前って言ったら……小学5年?」
「そういうことだね。ボクが希さんに出会うよりもずっと前から、遥子さんとは付き合ってたみたいだったけど」
「ずっと前って……小学2、3年とか?」
「さぁ……そこまでは」
「そういうのって、『付き合う』っていうのか? 同じ小学生同士ってならともかく……」
「別にさ、いいんじゃない? たまたま出会ったのがそのくらいの年頃で、歳の離れた人だったってだけでしょう?」
起きあがった中川は、冷蔵庫から取り出した麦茶をコップに注ぐと、
「うらやましいよね。あんな歳で、そんな運命の人に出会うなんて」
と、コップの麦茶を飲み干した。
翌日の昼前には、高橋が戻ってきた。
こっちは、昨日の中川と違って、やけにスッキリした表情だな。
「……あ、樋口くん、もう体調の方は大丈夫なん?」
「おう、もうすっかりな。すまねーな、迷惑かけちまって」
「いや、全然。ちょうどええタイミングやったよ。こっちがお礼言わなアカンくらいや」
「大阪で、なにかいいことでもあったのか?」
「うん。彼女と別れてきた」
……か、彼女!?
どいつもこいつも、中坊のくせに生意気な……。
「……って、彼女と別れたのの、どこが『いいこと』なんだよ?」
「大阪に残したままやと、どうにもスッキリせえへんからね。いまの僕じゃ、彼女をこっち連れてくることもでけへんし」
「連れてきたいくらい好きなのに、別れちまって、平気なのか?」
「ええんや。最初は、ちゃんと話して待っててもらおう思うてたけど……、話してるうちに重たくなってきてしもたから……だから、別れた」
……なんか、今日の高橋は、やけにしゃべるな。
「たった2週間そこそこ離れてただけやのに、辛抱きかへんかったみたいやから。そんなん、デビューしてもうたら、何ヶ月、……ヘタしたら何年単位で会えへんようになるのに」
高橋は、持ってた荷物を部屋の隅に放り投げた。
……なんだ、やっぱりイラついてるんじゃねーか。
「だから、もうええんや。お互いのためにも、無理して続けるより今別れたほうがええ。……彼女も、今はつらいと思うけど、いつかきっと分かってくれると思うし……。それに……」
「それに?」
高橋は、自分の右手を見つめた。
「そろそろ……、そういうタイミングやったんかもしれんしね」
「さぁて、これからの展開なんだケド」
その日の夕方、オフィスの方の希の部屋に『Hinata』の3人を集めて、希が腕組みをして言った。
「デビューが来月の半ばで、あと一ヶ月半近くあるんだケド。来週から『SEIKA』のコンサートが始まるから、それに同行してほしいんだ」
「コンサート?」
「そう。全国7ヶ所。デビュー曲を一曲歌わせてもらうように、『SEIKA』の担当にお願いしといたから。まぁ、言ってみれば、『Hinata』のお披露目みたいな」
「……ってことは、人前で歌うってことか?」
「そーだよ。もちろん、振りつきでね。一週間で、完璧にしといて」
「いっ……一週間!?」
俺は思わず叫んだ。
「今日、やっと曲が仕上がったところなんだろ? 振りを覚えるのは、まだこれからだぞ? 一週間で……なんとかなるのか?」
「大丈夫だよ。今回はカンタンにしといてもらったから。分からなかったら、高橋に聞けばイイよ」
「……ボクじゃないんだ」
「中川はMCのこと教えてあげてよ。簡単な自己紹介するくらいの時間はもらってあるし」
「あぁ、なるほど……」
「二人とも、樋口のこと頼んだよ。ボクは、コンサートには同行しないし、今月は……ちょっと留守がちになりそうだから」
「留守? ……なんでだ?」
俺は、希の顔を見た。
よく見ると、いつもより少し顔色が悪い気がする。
「そういえば、昨日言ってた、検査の結果、どうだったんだよ? 今日、出たんだろ?」
「えっ……希さん、検査……したの?」
中川が驚いて希の顔を見る。そして、高橋も。
黙っていた希は、やがてため息をついて、
「うん……。少し疲れがたまってるみたいでね。医者と相談した結果、来月のHinataのデビューに間に合わせるために、今月は無理しないようにってコトになったんだ」
「ほんとに……疲れてるだけか?」
俺の問いかけに、希は少しうつむいた。
「……別に、ホントにたいしたコトないんだ。少しだけ、貧血がひどくなってるって、ソレだけ。しばらくは、毎日病院で点滴受けなきゃイケナイんだケドさ。……まぁ、その程度だよ。入院とか手術とかが必要なワケじゃナイ」
最初は泳いでいた希の目も、言い終えるころにはまっすぐ俺の目を見つめていた。
少なくとも、『入院とか手術とかが必要なワケじゃナイ』というのは、嘘じゃないだろう。
「そーいうワケだからさ、キミたち3人なら、何も問題ナイと思うケド。困ったことがあったら、スタッフに言えばちゃんとボクに連絡取れるようになってるし、大丈夫――」
そのとき、部屋の電話が鳴った。
「……もしもし。 ……あぁ、うん、つないでくれる? ………あ、遥子?」
電話の相手は、片桐ヨーコらしい。
「うん……。ソレについては、直接話したいんだケド…………いや、違う、そーいう意味じゃなくて」
希は、チラッと俺たちを見た。
「……ほら、キミ今日またひとつオバサンになるから、会ってひとこと言ってあげようかと思って……」
昨日、片桐 ヨーコと話をしていたときと同じように、希は笑って言った。
……なんだ、本当に心配なさそうだな。
中川も高橋も、『年上の女に恋した、マセた弟』を見守るように、穏やかに笑ってる。
電話を終えて立ち上がった希は、俺たち3人の顔を見た。
「……ナンで笑ってるの?」
「いやぁ~~、希さんって、遥子さんと話すときすごく幸せそうだなぁ~~って思って」
「『ひとつオバサンになる』やて。会うて何言うんやろうね」
「っつーかよ、彼女の誕生日に、会って何すんだろーな? ってか、ヤルことはひとつっきゃねーよな。帰ってくんのは、明日か?」
俺が言うと、希がちょっとムッとした表情になった。
……さすがに、からかいすぎたか?
「……カノジョはもうオバサンだケドさ。ボクの方はまだ、今年中学生になったばかりのコドモなんだよ。樋口が考えてるよーなコト、出来るワケないでしょ」
「あ……そ、そうか?」
「そーだよ。ちょっと行って、話してくるだけだよ。2時間くらいで戻るよ」
希の顔からムッとした表情が消え、いつものようにイタズラっぽく笑って、部屋を出ていった。
その日、事務所10階のプライベートルームには、希は帰ってこなかった。
夕方、中川が戻ってきた。
声のトーンは明るいけど……表情が珍しく暗いな。
少し疲れたのか、この間の俺と同じように、たたんだ布団に倒れこんだ。
「なんだよ、彼女にフラれたのか?」
「か、彼女なんていないし、別にフラれてもいないよ」
「そうか? それにしては、顔が暗いぞ?」
「……そういえばさ、樋口くんだって、フラれたばかりでしょう?」
「…………なんで知ってるんだ? 希に聞いたのか?」
「いや、そうじゃなくて。希さんが連れてくる人って、みんなそうなんだ」
「は?」
「失恋直後の人に、声かけてるみたい。あの人、フラれた現場になぜか居合わせてるの。ボクもそうだったし、高橋も……詳しくは聞いてないけど、そんなようなこと、以前チラッと言ってた」
……そうだったのか。
そういえば、高橋が希に出会ったのは『小学校の卒業式のとき』って言ってたから、卒業をきっかけに告って、フラれでもしたんだろーか。
「なんで、そんなやつに声かけてんだろーな?」
「さぁ? わかんないけど、希さんなりに考えがあってのことじゃない?」
「考え……ねぇ。アイツは、ほんとわかんねーな。中坊のくせに、あんな年上でかわいい彼女なんかいやがるしよ」
「あれ、樋口くん、遥子さんに会ったの?」
中川は少し驚いた様子で、身体を起こした。
「なんだ、中川も知ってたのか?」
「うん。遥子さんがまだ、いまみたいにブレイクしちゃう前にね」
「……は? 片桐ヨーコって、もう2年も前にはかなりキテただろ?」
「そうだね。うん、ボクが初めて遥子さんに会ったのは、確かその少し前だったと思うけど」
「希って、いま中1だろ? 2年前って言ったら……小学5年?」
「そういうことだね。ボクが希さんに出会うよりもずっと前から、遥子さんとは付き合ってたみたいだったけど」
「ずっと前って……小学2、3年とか?」
「さぁ……そこまでは」
「そういうのって、『付き合う』っていうのか? 同じ小学生同士ってならともかく……」
「別にさ、いいんじゃない? たまたま出会ったのがそのくらいの年頃で、歳の離れた人だったってだけでしょう?」
起きあがった中川は、冷蔵庫から取り出した麦茶をコップに注ぐと、
「うらやましいよね。あんな歳で、そんな運命の人に出会うなんて」
と、コップの麦茶を飲み干した。
翌日の昼前には、高橋が戻ってきた。
こっちは、昨日の中川と違って、やけにスッキリした表情だな。
「……あ、樋口くん、もう体調の方は大丈夫なん?」
「おう、もうすっかりな。すまねーな、迷惑かけちまって」
「いや、全然。ちょうどええタイミングやったよ。こっちがお礼言わなアカンくらいや」
「大阪で、なにかいいことでもあったのか?」
「うん。彼女と別れてきた」
……か、彼女!?
どいつもこいつも、中坊のくせに生意気な……。
「……って、彼女と別れたのの、どこが『いいこと』なんだよ?」
「大阪に残したままやと、どうにもスッキリせえへんからね。いまの僕じゃ、彼女をこっち連れてくることもでけへんし」
「連れてきたいくらい好きなのに、別れちまって、平気なのか?」
「ええんや。最初は、ちゃんと話して待っててもらおう思うてたけど……、話してるうちに重たくなってきてしもたから……だから、別れた」
……なんか、今日の高橋は、やけにしゃべるな。
「たった2週間そこそこ離れてただけやのに、辛抱きかへんかったみたいやから。そんなん、デビューしてもうたら、何ヶ月、……ヘタしたら何年単位で会えへんようになるのに」
高橋は、持ってた荷物を部屋の隅に放り投げた。
……なんだ、やっぱりイラついてるんじゃねーか。
「だから、もうええんや。お互いのためにも、無理して続けるより今別れたほうがええ。……彼女も、今はつらいと思うけど、いつかきっと分かってくれると思うし……。それに……」
「それに?」
高橋は、自分の右手を見つめた。
「そろそろ……、そういうタイミングやったんかもしれんしね」
「さぁて、これからの展開なんだケド」
その日の夕方、オフィスの方の希の部屋に『Hinata』の3人を集めて、希が腕組みをして言った。
「デビューが来月の半ばで、あと一ヶ月半近くあるんだケド。来週から『SEIKA』のコンサートが始まるから、それに同行してほしいんだ」
「コンサート?」
「そう。全国7ヶ所。デビュー曲を一曲歌わせてもらうように、『SEIKA』の担当にお願いしといたから。まぁ、言ってみれば、『Hinata』のお披露目みたいな」
「……ってことは、人前で歌うってことか?」
「そーだよ。もちろん、振りつきでね。一週間で、完璧にしといて」
「いっ……一週間!?」
俺は思わず叫んだ。
「今日、やっと曲が仕上がったところなんだろ? 振りを覚えるのは、まだこれからだぞ? 一週間で……なんとかなるのか?」
「大丈夫だよ。今回はカンタンにしといてもらったから。分からなかったら、高橋に聞けばイイよ」
「……ボクじゃないんだ」
「中川はMCのこと教えてあげてよ。簡単な自己紹介するくらいの時間はもらってあるし」
「あぁ、なるほど……」
「二人とも、樋口のこと頼んだよ。ボクは、コンサートには同行しないし、今月は……ちょっと留守がちになりそうだから」
「留守? ……なんでだ?」
俺は、希の顔を見た。
よく見ると、いつもより少し顔色が悪い気がする。
「そういえば、昨日言ってた、検査の結果、どうだったんだよ? 今日、出たんだろ?」
「えっ……希さん、検査……したの?」
中川が驚いて希の顔を見る。そして、高橋も。
黙っていた希は、やがてため息をついて、
「うん……。少し疲れがたまってるみたいでね。医者と相談した結果、来月のHinataのデビューに間に合わせるために、今月は無理しないようにってコトになったんだ」
「ほんとに……疲れてるだけか?」
俺の問いかけに、希は少しうつむいた。
「……別に、ホントにたいしたコトないんだ。少しだけ、貧血がひどくなってるって、ソレだけ。しばらくは、毎日病院で点滴受けなきゃイケナイんだケドさ。……まぁ、その程度だよ。入院とか手術とかが必要なワケじゃナイ」
最初は泳いでいた希の目も、言い終えるころにはまっすぐ俺の目を見つめていた。
少なくとも、『入院とか手術とかが必要なワケじゃナイ』というのは、嘘じゃないだろう。
「そーいうワケだからさ、キミたち3人なら、何も問題ナイと思うケド。困ったことがあったら、スタッフに言えばちゃんとボクに連絡取れるようになってるし、大丈夫――」
そのとき、部屋の電話が鳴った。
「……もしもし。 ……あぁ、うん、つないでくれる? ………あ、遥子?」
電話の相手は、片桐ヨーコらしい。
「うん……。ソレについては、直接話したいんだケド…………いや、違う、そーいう意味じゃなくて」
希は、チラッと俺たちを見た。
「……ほら、キミ今日またひとつオバサンになるから、会ってひとこと言ってあげようかと思って……」
昨日、片桐 ヨーコと話をしていたときと同じように、希は笑って言った。
……なんだ、本当に心配なさそうだな。
中川も高橋も、『年上の女に恋した、マセた弟』を見守るように、穏やかに笑ってる。
電話を終えて立ち上がった希は、俺たち3人の顔を見た。
「……ナンで笑ってるの?」
「いやぁ~~、希さんって、遥子さんと話すときすごく幸せそうだなぁ~~って思って」
「『ひとつオバサンになる』やて。会うて何言うんやろうね」
「っつーかよ、彼女の誕生日に、会って何すんだろーな? ってか、ヤルことはひとつっきゃねーよな。帰ってくんのは、明日か?」
俺が言うと、希がちょっとムッとした表情になった。
……さすがに、からかいすぎたか?
「……カノジョはもうオバサンだケドさ。ボクの方はまだ、今年中学生になったばかりのコドモなんだよ。樋口が考えてるよーなコト、出来るワケないでしょ」
「あ……そ、そうか?」
「そーだよ。ちょっと行って、話してくるだけだよ。2時間くらいで戻るよ」
希の顔からムッとした表情が消え、いつものようにイタズラっぽく笑って、部屋を出ていった。
その日、事務所10階のプライベートルームには、希は帰ってこなかった。