男女7人!?夏物語~アイドルHinataの恋愛事情【3】~
15 恐るべし!『ハギーズ』のネームバリュー。
翌日。
今朝はかなり早起きして(っつーか、ほとんど眠れなかったんだが)。
自分の部屋のタンスの前でかなり長ぇこと悩みに悩んで。
最終的に、無難に普段着ているグレーのTシャツと細身のジーパンを選んで。
洗面所で、撮影前にプロにやってもらったことを思い出しながら、なんとなく整髪料で髪を整えて。
身支度に結構な時間をかけたにもかかわらず、待ち合わせの場所に一時間も早くに着いちまった。
いくらなんでも、浮かれすぎじゃねーのか、俺。
いや、でも、浮かれもするよな? こんなときって。
……っつーか、一時間どうしろってんだよ。
「あ、……樋口?」
背後から声をかけられて振り向いたそこには……美里が立っていた。
「樋口、早いね。まだ、一時間前だよ?」
「……っ……っつーか、おまえだって、早ぇじゃねぇかよ?」
「あ、そっか、そうだね」
少し照れたように笑った美里は……か、かわいいっ。
大きめなロゴのはいったこげ茶色のTシャツに、デニム素材のプリーツスカートはひざ上15センチくらいか? (っつーか、これ以上直視してたらヤバイだろ……いや、そりゃぁ、ものすごく見てーけど)。
美里の私服姿を見るのは、去年の修学旅行の時以来だな。
「……あのさ、ほんとに……ごめんね? この間……」
「いや、だから、悪いのは俺だって……って、やめねーか、この話は」
「あ、そ、そうだね。……えっと、じゃぁ……どうしようか?」
「……なんだ、どっか行きてーところがあるんじゃねーのか?」
美里が電話で指定した待ち合わせ場所は、ガッコーから三駅離れたこの駅の改札口。
この駅は急行も止まるから、駅前はいくらか栄えていて、まぁだいたいの店やなんかはそろっている。
「ううん、ただ、友達と出かけるって言ったら、この駅前しか浮かばなかっただけで……」
あぁ……、やっぱ『友達』かよ。
「……じゃぁ、とりあえずプラプラすっか? どっか寄って行きてーとこあったら、言えよ?」
……って、なんかエラそうに言ってんな、俺。
俺が初めて美里に会ったのは、高校の入学式だ。
教室では、高校生活初日だというのに、既に数人が集まって仲良さそうに盛り上がってるやつらがいて。
その中にいたのが、美里だった。
俺は、同じ中学から来たやつらも何人かはいたが、それほど親しかったわけでもねーしってことで、一人でその盛り上がってるやつらをぼんやりと眺めていた。
そしたら、美里と眼が合って、……で、笑ってくれたんだ。
美里は、クラスの中心人物というよりは、裏からぐっと支えているような存在で。
女子たちのどのグループとも、ちゃんとつながりを持っていて。
そしてもちろん、どの男子とも態度を変えることなく接していて。
そんな美里のことを、俺はいつしか好きになっていたんだ。
まさか、そんな美里に、あんなキョーレツなフラれ方をするなんて、夢にも思っちゃいなかったわけだけどさ。
「……樋口は、さぁ、東京へ行くって……就職するの?」
「え? あ、……まぁ、そうだな。就職って言っていいんだろうな」
「そっか……。すごいね。あたしなんて、やりたいこと……まだみつかんなくて」
「俺だって、別にやりてーと思ってるわけじゃねーんだ。ただ、なんか……成り行きでな。今でも、まだ信じられねーんだけどよ」
「成り行きで? ……いったい、どんな仕事なの?」
「どんなって……」
そんな会話に、ふと聞き慣れた曲が入り込んできた。
……って、げぇ? これ、Hinataのデビュー曲じゃねーか!?
音の発信源を探ると……うぉっ!?
すぐ目の前のCDショップの店頭に、Hinataのポスターがでかでかと貼ってあるじゃねーか!?
そうか、デビュー日まであと2週間くらいしかねーんだったな。
「……ねぇ、まさか、コレ……樋口?」
俺が足を止めてポスターを見ていると、美里がそこに映っている『Hinataの樋口直』の顔を指差した。
「あ、……あぁ、実は、そうなんだ。なんか、成り行きでな、そんなことになっちまってよ。おまえ、ハギーズとか好きじゃねーって言ってたから、知らなかっただろ?」
俺が言うと、美里はうつむいて黙り込んでしまった。
……こりゃ、完全に嫌われちまったか?
「…………なぁ、おい、美里……」
「ああああああっ!! そこにいるの、樋口直くんじゃない!?!?」
突然の大声に振り向くと、見知らぬ女が数人、俺を指差して固まっている。
「ほらっ! そこのポスターとおんなじ顔!! やっぱり、『Hinata』の樋口くんだっ!!」
……やっべぇ! バレてる!!
「なんでこんなところにいるの!?」
「たしか、静岡出身だって雑誌に書いてあったわよ!?」
「っていうか、その女、誰よ? もしかして、彼女?」
……っつーか、声でけーよ、あんたら。
そうこうしている間に、げぇぇ? 人だかりが!?!?
「樋口、ど、どうしよう?」
「……しょーがねぇ! 美里っ、走るぞっ!!」
俺は、美里の手を引いて、比較的人がまばらな後方に向かって走り出した。
「ああああ! ちょっと樋口くーん! サインくらい頂戴よぉぉぉ!!」
サインなんて、そーいえばまだ練習してねーよ!!
って、追ってくんなあぁあ!!
俺と美里は、走って走って……駅前から少し離れた住宅街にある公園にたどりついた。
「……っ……ここまで……くれば、……さすがに……追って……来ないね」
「……あぁ、……なんか……悪かったな」
「あたしは……全然……平気……」
全力疾走したから、二人とも息があがっちまってる。
呼吸が落ち着いたころに、美里がゆっくりと口を開いた。
「樋口……すごいんだね。あんなたくさんの女の子に追っかけられて……」
「……すげーのは、俺じゃねーよ。『ハギーズ』のネームバリューってやつだろ。あと、他の二人がかなりすげーやつらだしな」
俺が自嘲気味に笑って言うと、美里は首を横に振った。
「……さっきのポスターの中の樋口は、ちゃんとアイドルの顔してた。あたしのクラスメートの樋口とは……やっぱりどこか違ってた」
「…………美里?」
「せっかく仲直りできたのに……樋口は遠くに行っちゃうんだね」
美里は、伏し目がちに笑って言った。
……そんなこと言うなよ。
こっちが苦しくなるだろ……。
俺は、無意識に美里の腕を掴んで引きよせた。
そう、一か月前にフラれたときと同じように……。
「…………樋口?」
美里は驚いた顔をしたものの、ケリを入れるどころか、俺の手を振り払うことも、抗うこともしなかった。
「……ごめんっ。友達だってことは分かってる。……分かってっけど、俺……」
美里を抱きしめながら、俺の頭の中では数日前の高橋の言葉が響いていた。
『…………そんなん、デビューしてもうたら、何ヶ月、……ヘタしたら何年単位で会えへんようになるのに……』
……そうだ。会えなくなるんだ。
こんなことになってなくったって、卒業しちまったら、どのみち同じことかもしんねーけど……。
だけど……、だけどよ……。
なんで……こんなに苦しいんだよ…………。
今朝はかなり早起きして(っつーか、ほとんど眠れなかったんだが)。
自分の部屋のタンスの前でかなり長ぇこと悩みに悩んで。
最終的に、無難に普段着ているグレーのTシャツと細身のジーパンを選んで。
洗面所で、撮影前にプロにやってもらったことを思い出しながら、なんとなく整髪料で髪を整えて。
身支度に結構な時間をかけたにもかかわらず、待ち合わせの場所に一時間も早くに着いちまった。
いくらなんでも、浮かれすぎじゃねーのか、俺。
いや、でも、浮かれもするよな? こんなときって。
……っつーか、一時間どうしろってんだよ。
「あ、……樋口?」
背後から声をかけられて振り向いたそこには……美里が立っていた。
「樋口、早いね。まだ、一時間前だよ?」
「……っ……っつーか、おまえだって、早ぇじゃねぇかよ?」
「あ、そっか、そうだね」
少し照れたように笑った美里は……か、かわいいっ。
大きめなロゴのはいったこげ茶色のTシャツに、デニム素材のプリーツスカートはひざ上15センチくらいか? (っつーか、これ以上直視してたらヤバイだろ……いや、そりゃぁ、ものすごく見てーけど)。
美里の私服姿を見るのは、去年の修学旅行の時以来だな。
「……あのさ、ほんとに……ごめんね? この間……」
「いや、だから、悪いのは俺だって……って、やめねーか、この話は」
「あ、そ、そうだね。……えっと、じゃぁ……どうしようか?」
「……なんだ、どっか行きてーところがあるんじゃねーのか?」
美里が電話で指定した待ち合わせ場所は、ガッコーから三駅離れたこの駅の改札口。
この駅は急行も止まるから、駅前はいくらか栄えていて、まぁだいたいの店やなんかはそろっている。
「ううん、ただ、友達と出かけるって言ったら、この駅前しか浮かばなかっただけで……」
あぁ……、やっぱ『友達』かよ。
「……じゃぁ、とりあえずプラプラすっか? どっか寄って行きてーとこあったら、言えよ?」
……って、なんかエラそうに言ってんな、俺。
俺が初めて美里に会ったのは、高校の入学式だ。
教室では、高校生活初日だというのに、既に数人が集まって仲良さそうに盛り上がってるやつらがいて。
その中にいたのが、美里だった。
俺は、同じ中学から来たやつらも何人かはいたが、それほど親しかったわけでもねーしってことで、一人でその盛り上がってるやつらをぼんやりと眺めていた。
そしたら、美里と眼が合って、……で、笑ってくれたんだ。
美里は、クラスの中心人物というよりは、裏からぐっと支えているような存在で。
女子たちのどのグループとも、ちゃんとつながりを持っていて。
そしてもちろん、どの男子とも態度を変えることなく接していて。
そんな美里のことを、俺はいつしか好きになっていたんだ。
まさか、そんな美里に、あんなキョーレツなフラれ方をするなんて、夢にも思っちゃいなかったわけだけどさ。
「……樋口は、さぁ、東京へ行くって……就職するの?」
「え? あ、……まぁ、そうだな。就職って言っていいんだろうな」
「そっか……。すごいね。あたしなんて、やりたいこと……まだみつかんなくて」
「俺だって、別にやりてーと思ってるわけじゃねーんだ。ただ、なんか……成り行きでな。今でも、まだ信じられねーんだけどよ」
「成り行きで? ……いったい、どんな仕事なの?」
「どんなって……」
そんな会話に、ふと聞き慣れた曲が入り込んできた。
……って、げぇ? これ、Hinataのデビュー曲じゃねーか!?
音の発信源を探ると……うぉっ!?
すぐ目の前のCDショップの店頭に、Hinataのポスターがでかでかと貼ってあるじゃねーか!?
そうか、デビュー日まであと2週間くらいしかねーんだったな。
「……ねぇ、まさか、コレ……樋口?」
俺が足を止めてポスターを見ていると、美里がそこに映っている『Hinataの樋口直』の顔を指差した。
「あ、……あぁ、実は、そうなんだ。なんか、成り行きでな、そんなことになっちまってよ。おまえ、ハギーズとか好きじゃねーって言ってたから、知らなかっただろ?」
俺が言うと、美里はうつむいて黙り込んでしまった。
……こりゃ、完全に嫌われちまったか?
「…………なぁ、おい、美里……」
「ああああああっ!! そこにいるの、樋口直くんじゃない!?!?」
突然の大声に振り向くと、見知らぬ女が数人、俺を指差して固まっている。
「ほらっ! そこのポスターとおんなじ顔!! やっぱり、『Hinata』の樋口くんだっ!!」
……やっべぇ! バレてる!!
「なんでこんなところにいるの!?」
「たしか、静岡出身だって雑誌に書いてあったわよ!?」
「っていうか、その女、誰よ? もしかして、彼女?」
……っつーか、声でけーよ、あんたら。
そうこうしている間に、げぇぇ? 人だかりが!?!?
「樋口、ど、どうしよう?」
「……しょーがねぇ! 美里っ、走るぞっ!!」
俺は、美里の手を引いて、比較的人がまばらな後方に向かって走り出した。
「ああああ! ちょっと樋口くーん! サインくらい頂戴よぉぉぉ!!」
サインなんて、そーいえばまだ練習してねーよ!!
って、追ってくんなあぁあ!!
俺と美里は、走って走って……駅前から少し離れた住宅街にある公園にたどりついた。
「……っ……ここまで……くれば、……さすがに……追って……来ないね」
「……あぁ、……なんか……悪かったな」
「あたしは……全然……平気……」
全力疾走したから、二人とも息があがっちまってる。
呼吸が落ち着いたころに、美里がゆっくりと口を開いた。
「樋口……すごいんだね。あんなたくさんの女の子に追っかけられて……」
「……すげーのは、俺じゃねーよ。『ハギーズ』のネームバリューってやつだろ。あと、他の二人がかなりすげーやつらだしな」
俺が自嘲気味に笑って言うと、美里は首を横に振った。
「……さっきのポスターの中の樋口は、ちゃんとアイドルの顔してた。あたしのクラスメートの樋口とは……やっぱりどこか違ってた」
「…………美里?」
「せっかく仲直りできたのに……樋口は遠くに行っちゃうんだね」
美里は、伏し目がちに笑って言った。
……そんなこと言うなよ。
こっちが苦しくなるだろ……。
俺は、無意識に美里の腕を掴んで引きよせた。
そう、一か月前にフラれたときと同じように……。
「…………樋口?」
美里は驚いた顔をしたものの、ケリを入れるどころか、俺の手を振り払うことも、抗うこともしなかった。
「……ごめんっ。友達だってことは分かってる。……分かってっけど、俺……」
美里を抱きしめながら、俺の頭の中では数日前の高橋の言葉が響いていた。
『…………そんなん、デビューしてもうたら、何ヶ月、……ヘタしたら何年単位で会えへんようになるのに……』
……そうだ。会えなくなるんだ。
こんなことになってなくったって、卒業しちまったら、どのみち同じことかもしんねーけど……。
だけど……、だけどよ……。
なんで……こんなに苦しいんだよ…………。