男女7人!?夏物語~アイドルHinataの恋愛事情【3】~
18 ガッコー辞めて、アイドルになる。
「直くんさぁ、二回も同じ女の子にフラれたの?」
教室を後にして、廊下にあふれる人々が道を開ける中(なぜか、寄ってきたり話しかけたりとかはしねーんだな)を歩きながら、中川がさわやかに笑いながら言った。
「はぁ? 俺はフラれてねーぞ?」
「またまたぁ。でも、よくいるんだよねー。ハギーズに入ってるって知って、コロッと態度変わるコ」
中川の言葉に、高橋もうんうんとうなずく。
「あいつは、そんなヤツじゃねーよ」
「そういうの、強がりとか負け惜しみとか言うんじゃないの? まぁ、好きだったコを美化していたい気持ちは分かるけどさぁ」
「だから、そんなんじゃねーって。……そうだな、たとえるなら『9回裏ツーアウト満塁のチャンスで突然の大雨により試合中止』ってとこか」
「……意味わかんないんだけど」
「わかんなくていーんだよ。俺はこの先10年は誰にも語らねー」
「あ、もしかして、初恋だったとか?」
「なっ……なななんでそーなるんだ?」
「そっかー。直くんの初恋は高校生かー。手帳にメモっとこ」
「あ、アホかっ!? っつーか、さっきから『直くん』とかって気安く呼ぶんじゃねー!!」
「そんなこと言って、さっきうれしそうな顔してたじゃん。なぁ、高橋?」
中川に同意を求められた高橋は、ニヤニヤしながらうなずいた。
「高橋が言ったんだよ。『直くんって呼んだら喜ぶんやない?』って」
「おまえかっ、高橋!?」
「……まぁ、ええやん。『直くん』は、『直くん』やろ? 間違ってへんのやし」
「じゃぁ、おまえを『諒くん』って呼べってか? ……って、合わねぇぇ」
「別に、呼びたいように呼んだらええんとちゃう? 僕も、直くんの口から『諒くん』って呼ばれるのはちょっと抵抗あるわ」
おい、それはどういう意味だ?
「……そうだ、ちょっと寄って行きてーとこがあるんだけど……って、そういえば希のヤツはどこ行ったんだ?」
「あれ? ほんとだ。さっきまでいたと思ったんだけどな」
辺りを見回すと……後方から希が早足で向かってきた。
「ゴメン、お待たせ」
「希、おまえどこ行ってたんだ?」
「うん? えーっと、そーだな、『ウラ』だよ」
「『ウラ』ぁ?」
俺と中川は同時に声を上げた(高橋も不思議そうな表情になってはいた)。
「『ウラ』ってなんだよ? またガッコーの裏で失恋したやつでもいたのか?」
「いや、ガッコーのウラじゃないケドね。失恋したコならいたよ」
「えー? 希さん、まだスカウトする気? っていうか、今回は断られたの? 珍しいね」
「もうスカウトする気はナイよ。それに、今回は女のコだったしね」
「じゃぁ、『ウラ』ってなんなんだよ?」
俺が問うと、希はニッと笑って、
「『ウラ』は『ウラ』だよ。必ずしも、『オモテ』にすべての真実があるとは限らないんだよ」
「……はぁ?」
俺と中川は同時に間抜けな声を上げた(高橋も……以下略)。
「……意味わかんねー」
「そういえば直くん、どっか寄って行きたいところがあるんじゃなかったの?」
「お? そうだった。希、ワリィんだけど、ちょっと職員室に寄ってってもいいか?」
「うん? あぁ、そーだね。センセーに挨拶くらいはしていかないとね。これから何かと迷惑かけることに……」
「そうじゃねーよ。俺は、もうこのガッコーには来ねー」
俺が言うと、三人は驚いた顔で俺の顔を見た。
……俺は、決めたんだ。
「俺は、ガッコー辞める。アイドルに学歴なんか要らねーだろ? わざわざ静岡まで来て補習受けて……なんてやってる時間があったら、その分レッスン受けたりして、おまえらに追いついてやる。……いや、あっという間に追い越してやるよ」
俺の言葉に、希は真剣なまなざしで言った。
「……後悔するカモよ?」
「後悔? ……そうだな、するかもしんねーな。でも、そんなもん何年も先の話だろ? 高卒の資格が必要だと思ったら、またそん時に通えばいいじゃねーか」
俺が笑って言うと、希はフッと笑った。
「……キミは大物だね、ホント」
職員室に寄った俺は、担任に退学する意思を伝え、ガッコーを後にした。
そしてその月の半ば、俺ら『Hinata』のデビューシングルが無事に発売された。
デビュー後、落ち着いた秋以降になっても、俺は宣言通りガッコーには行かなかった。
ほとんど休みなしでレッスンを受け、テレビや雑誌の仕事もこなし、『Hinataの樋口直』として充実した日々を送っていた。
そして、その翌年の3月。
「樋口、ちょっと渡したいモノがあるんだケド」
俺は希に呼ばれて、事務所7階にあるオフィスの方の希の部屋にいた。
「なんだ? 渡したいものって……」
「……はい、コレ」
希から手渡されたのは、カステラでも入ってんじゃねーかというような長細い四角い箱だった。
「……なんだ? 菓子でも入ってんのか? ……の割には軽いな」
「イイから、開けてごらんよ」
言われるまま箱を開けて中身を出してみると……それは、黒っぽい筒。
「……な、なんだこれ? まさか――――」
更に、その筒をポンっと音を立てて開けて中身を取り出した。
これは…………。
「なっ……俺の高校の……卒業証書?」
「そーなんだ。キミのガッコーから送られてきたんだ」
「な、なんでだ? 俺、退学したはず……」
「うん。あのあと、キミの両親にも了承を得たし、書類も書いて送って、退学の手続きは完了するハズだった。……ハズだったんだケドね」
希はニッと笑って、
「どーもね、『芸能界デビューするから退学させた』と世間に思われるのを気にしたみたいだよ? ガッコーもイメージが大事な部分があるからね」
「……まさか、おまえ……ウラで変な手を使ったんじゃねーだろうな?」
「いや? 何もしてないケド?」
そう言って、希は不気味に笑った。
……ほんと、怖ぇって。
そんなわけで、俺は一応、高卒ってことになっている。
それから半年くらいたったある日、芸能界に衝撃的なニュースが駆け抜けた。
あの、片桐ヨーコが妊娠したらしい。
しかも、相手が誰だかわからないんだとか。
記者会見をした片桐ヨーコは、満面の笑みで、
『また戻ってきまーす!!』と言い残して、芸能界を一時引退した。
さぞかし希はショックを受けているだろうと思ったが、普段となんら変わりなく淡々と仕事をこなしていた。
さすがにからかうには重すぎる話だったから、俺も中川も高橋も、誰ひとりとしてその話題に触れるやつはいなかった。
そして、その5、6年後。
片桐ヨーコが芸能界に復帰するのと入れ替わるかのように、希は俺たちの前から姿を消した。
教室を後にして、廊下にあふれる人々が道を開ける中(なぜか、寄ってきたり話しかけたりとかはしねーんだな)を歩きながら、中川がさわやかに笑いながら言った。
「はぁ? 俺はフラれてねーぞ?」
「またまたぁ。でも、よくいるんだよねー。ハギーズに入ってるって知って、コロッと態度変わるコ」
中川の言葉に、高橋もうんうんとうなずく。
「あいつは、そんなヤツじゃねーよ」
「そういうの、強がりとか負け惜しみとか言うんじゃないの? まぁ、好きだったコを美化していたい気持ちは分かるけどさぁ」
「だから、そんなんじゃねーって。……そうだな、たとえるなら『9回裏ツーアウト満塁のチャンスで突然の大雨により試合中止』ってとこか」
「……意味わかんないんだけど」
「わかんなくていーんだよ。俺はこの先10年は誰にも語らねー」
「あ、もしかして、初恋だったとか?」
「なっ……なななんでそーなるんだ?」
「そっかー。直くんの初恋は高校生かー。手帳にメモっとこ」
「あ、アホかっ!? っつーか、さっきから『直くん』とかって気安く呼ぶんじゃねー!!」
「そんなこと言って、さっきうれしそうな顔してたじゃん。なぁ、高橋?」
中川に同意を求められた高橋は、ニヤニヤしながらうなずいた。
「高橋が言ったんだよ。『直くんって呼んだら喜ぶんやない?』って」
「おまえかっ、高橋!?」
「……まぁ、ええやん。『直くん』は、『直くん』やろ? 間違ってへんのやし」
「じゃぁ、おまえを『諒くん』って呼べってか? ……って、合わねぇぇ」
「別に、呼びたいように呼んだらええんとちゃう? 僕も、直くんの口から『諒くん』って呼ばれるのはちょっと抵抗あるわ」
おい、それはどういう意味だ?
「……そうだ、ちょっと寄って行きてーとこがあるんだけど……って、そういえば希のヤツはどこ行ったんだ?」
「あれ? ほんとだ。さっきまでいたと思ったんだけどな」
辺りを見回すと……後方から希が早足で向かってきた。
「ゴメン、お待たせ」
「希、おまえどこ行ってたんだ?」
「うん? えーっと、そーだな、『ウラ』だよ」
「『ウラ』ぁ?」
俺と中川は同時に声を上げた(高橋も不思議そうな表情になってはいた)。
「『ウラ』ってなんだよ? またガッコーの裏で失恋したやつでもいたのか?」
「いや、ガッコーのウラじゃないケドね。失恋したコならいたよ」
「えー? 希さん、まだスカウトする気? っていうか、今回は断られたの? 珍しいね」
「もうスカウトする気はナイよ。それに、今回は女のコだったしね」
「じゃぁ、『ウラ』ってなんなんだよ?」
俺が問うと、希はニッと笑って、
「『ウラ』は『ウラ』だよ。必ずしも、『オモテ』にすべての真実があるとは限らないんだよ」
「……はぁ?」
俺と中川は同時に間抜けな声を上げた(高橋も……以下略)。
「……意味わかんねー」
「そういえば直くん、どっか寄って行きたいところがあるんじゃなかったの?」
「お? そうだった。希、ワリィんだけど、ちょっと職員室に寄ってってもいいか?」
「うん? あぁ、そーだね。センセーに挨拶くらいはしていかないとね。これから何かと迷惑かけることに……」
「そうじゃねーよ。俺は、もうこのガッコーには来ねー」
俺が言うと、三人は驚いた顔で俺の顔を見た。
……俺は、決めたんだ。
「俺は、ガッコー辞める。アイドルに学歴なんか要らねーだろ? わざわざ静岡まで来て補習受けて……なんてやってる時間があったら、その分レッスン受けたりして、おまえらに追いついてやる。……いや、あっという間に追い越してやるよ」
俺の言葉に、希は真剣なまなざしで言った。
「……後悔するカモよ?」
「後悔? ……そうだな、するかもしんねーな。でも、そんなもん何年も先の話だろ? 高卒の資格が必要だと思ったら、またそん時に通えばいいじゃねーか」
俺が笑って言うと、希はフッと笑った。
「……キミは大物だね、ホント」
職員室に寄った俺は、担任に退学する意思を伝え、ガッコーを後にした。
そしてその月の半ば、俺ら『Hinata』のデビューシングルが無事に発売された。
デビュー後、落ち着いた秋以降になっても、俺は宣言通りガッコーには行かなかった。
ほとんど休みなしでレッスンを受け、テレビや雑誌の仕事もこなし、『Hinataの樋口直』として充実した日々を送っていた。
そして、その翌年の3月。
「樋口、ちょっと渡したいモノがあるんだケド」
俺は希に呼ばれて、事務所7階にあるオフィスの方の希の部屋にいた。
「なんだ? 渡したいものって……」
「……はい、コレ」
希から手渡されたのは、カステラでも入ってんじゃねーかというような長細い四角い箱だった。
「……なんだ? 菓子でも入ってんのか? ……の割には軽いな」
「イイから、開けてごらんよ」
言われるまま箱を開けて中身を出してみると……それは、黒っぽい筒。
「……な、なんだこれ? まさか――――」
更に、その筒をポンっと音を立てて開けて中身を取り出した。
これは…………。
「なっ……俺の高校の……卒業証書?」
「そーなんだ。キミのガッコーから送られてきたんだ」
「な、なんでだ? 俺、退学したはず……」
「うん。あのあと、キミの両親にも了承を得たし、書類も書いて送って、退学の手続きは完了するハズだった。……ハズだったんだケドね」
希はニッと笑って、
「どーもね、『芸能界デビューするから退学させた』と世間に思われるのを気にしたみたいだよ? ガッコーもイメージが大事な部分があるからね」
「……まさか、おまえ……ウラで変な手を使ったんじゃねーだろうな?」
「いや? 何もしてないケド?」
そう言って、希は不気味に笑った。
……ほんと、怖ぇって。
そんなわけで、俺は一応、高卒ってことになっている。
それから半年くらいたったある日、芸能界に衝撃的なニュースが駆け抜けた。
あの、片桐ヨーコが妊娠したらしい。
しかも、相手が誰だかわからないんだとか。
記者会見をした片桐ヨーコは、満面の笑みで、
『また戻ってきまーす!!』と言い残して、芸能界を一時引退した。
さぞかし希はショックを受けているだろうと思ったが、普段となんら変わりなく淡々と仕事をこなしていた。
さすがにからかうには重すぎる話だったから、俺も中川も高橋も、誰ひとりとしてその話題に触れるやつはいなかった。
そして、その5、6年後。
片桐ヨーコが芸能界に復帰するのと入れ替わるかのように、希は俺たちの前から姿を消した。