男女7人!?夏物語~アイドルHinataの恋愛事情【3】~
05 10年後。
10年後の、初冬。
今日は、あたしが卒業した高校の同窓会だ。
昨日、なんとなく卒業生名簿を見てみると、なぜかちゃんと樋口の名前が載っていた。
幹事によると、実家経由で同窓会のための連絡はとっていて、いままではスケジュールの都合でどうしても出席できなかったらしいんだけど。
今回は、『Hinata』のデビュー10周年記念の仕事がちょうど一段落したところだ、ということで出席するって、同窓会当日の昼になって聞いた。
樋口は……いまでもあたしのことを覚えててくれてるかな?
あ、でも……『自分を利用して、Hinataの他の二人に近づこうとした、イヤな女』として記憶に残ってるんだろうな……。
「ふーじたさんっ、久し振り!」
同窓会の会場(地元の大きめな居酒屋を貸し切りだ)に着く直前の道端で、あたしに声を掛けてきたのは……あの例の田中さんだ。
「あ、もう『藤田さん』じゃないんだっけ。えっと……?」
「いいよ、『藤田』で。もう、10年以上もそうやって呼んでるじゃない」
「あぁ、そうよね。なんか、不思議なもんよね。高校ではそんなに仲良くなかったのにさ、いまではこんなに仲良しだもんね」
実は、この田中さん、高校卒業後に進学した大学(しかも、学部まで)が同じで。
あたしたちが進学したのは名古屋の大学で、二人とも最初は名古屋で一人暮らしをしていたんだけれど。
慣れない土地での生活からくる不安から、気づいたらよく一緒にいるようになって、ルームシェアみたいにして一緒に住むようにまでなってしまった。
まぁ、仲がいいって言っても、お互いこんな性格だから、未だに名字で呼び合ってるんだけど。
二年前に、あたしがいまの旦那と結婚して以降は、ちょっとばかし疎遠になってしまったけど、メールや手紙のやりとりは続いている。
数年前までは、よく一緒にHinataのコンサートに行ったものだ。
「聞いた? きょう、樋口くん来るんだって」
「あー……、うん。聞いた」
「藤田さん、顔が暗いよ?」
「んー……だってさ、あたし、樋口にひどいこと言ったから……」
「本音じゃなかったんでしょ? 大丈夫だよ。樋口くんは、きっと分かってくれてるよ」
田中さんは、ポンっとあたしの背中をたたいた。
……年月って、ここまで人を変える力があるのね。
同窓会が始まって15分後。
「おー、ワリィ、ちょっと遅れちまったなっ」
そんな声とともに会場に入ってきたのは。
うわぁぁぁ……樋口だあぁぁ……。
テレビや雑誌、コンサートで見る樋口とはまた少し違ってて、変装もなにもしてないけど、なんだろう……、ほんと、『久し振りに会ったクラスメート』な感じだ。
あ、でも、いまここにいる『久し振りに会ったクラスメート』たちの中では、もちろんダントツにかっこいいのだけど。
あたしが、そんな感じでただぼーっと樋口を見ていると、樋口と目が合ってしまった。
樋口は表情を変えずにしばらくあたしを見たあと、周りの元クラスメートたちと何度か言葉を交わして、……わわわ、こっち来た!
「あ、樋口くーん、ここ空いてるよー!」
あたしの隣にいた田中さんが、いきなり立ち上がって叫んだ。
ちょ――!?
た、田中さ――――ん!?
田中さんは、あたしに向かって親指をグッと立てて、ニッと笑った。
「お? おう、ありがとなっ!」
田中さんにお礼を言って、空けられたあたしの隣に座った樋口は、あたしの顔を見て、笑った。
「久し振りだな、美里。元気だったか?」
「あ……うん。樋口も、元気そうだね」
「そうだな。元気じゃねーと、やってけねーからな」
そう言って、樋口はお店の人が運んできたウーロン茶を口に運んだ。
「樋口、お酒飲めないの?」
「あぁ、そうなんだ。おまえみたいに、そんな生中なんか飲んだら半分で確実につぶれるな」
と、あたしの目の前に置かれている中ジョッキを指した。
……あれ、そういえば、樋口と普通に話せてる。
「……あのさぁ、樋口」
「ん? なんだ?」
「樋口は、あたしのこと……イヤな女だと思ってない?」
あたしが言うと、樋口はテーブルに並べられてるお皿に手を伸ばしかけていたのを止めた。
「……はぁ? 何でだ?」
「だって……、あたし、樋口が最後に学校にきたとき……、ひどいこと言ったでしょう?」
「ひどいこと?」
「あの、『樋口に興味なんかなくって、近づけば中川くんや高橋くんに会えるんじゃないか』みたいなこと……」
「あぁ……」
あたしの言葉を聞いた樋口は、フッと笑って、
「あんなの……おまえの本心じゃねーだろ? おまえが、そんなヤツじゃねーってことくらい、俺は分かってたぞ」
「……え? なんで?」
「な、なんで……って」
樋口は、少し困ったようにあたしから視線をそらして、
「俺は、おまえのこと……二年も好きだったんだ。だから、ちゃんと……分かってたよ。それに……」
いったん言葉を切った樋口は、今度は笑って、
「それによ、おまえ……俺があのとき、最後に教室を出るとき、笑ってくれてただろ? それが、俺には『がんばれ』って言ってくれてるように見えたんだ」
「…………樋口」
「うん?」
「……それ、ちょっと自意識過剰すぎ」
「な、なに!?」
「……ごめん。嘘」
「なんなんだよ?」
樋口は、「わっけわかんねーな?」と言いながら、笑って再びテーブルのお皿に手を伸ばした。
「あ、樋口、こっちのもおいしいよ」
あたしは、自分の近くにあったお皿からいくつか料理を小皿にとって樋口に渡した。
「おう、ありが…………」
樋口は、小皿を受け取ると、あたしの手元を見たまま動きを止めた。
「……美里、結婚……してるのか?」
樋口が見ていたのは、あたしの左手の薬指にある指輪だった。
「あ、……うん。二年前にね」
「………………そっか。そうだよな。うん。……おめでとう!」
「……もしかして、ガッカリした?」
「な、ななな? おまえ、それこそ自意識過剰じゃねーのか?」
樋口は、慌てた感じであたしから視線をそらすと、目の前にあったジョッキを口元に運んだ。
「……って、樋口! それ、あたしのビール……!」
「ぶっっっ……!」
ギリギリのところで飲み込むのを阻止できたらしい(少しこぼれたけど)。
「……ところでさぁ、樋口。ひとつお願いがあるんだけど……」
「お、お願い? ……なんだ?」
「実は……サイン欲しいんだけど……、ダメかな?」
「サイン? 俺の?」
「うん。……ダメ?」
「いや……全然、駄目じゃねーけど。色紙かなんか、持ってんのか?」
「あ、色紙じゃないんだけど、……これにお願い」
そう言ってあたしがカバンから取り出したのは、CDのケース。
きょう、もし樋口に会って、笑って話せたらお願いしよう……と思って、持ってきたのだ。
「……って、おまえ……これ、Hinataのデビューシングルじゃねぇか。しかもこれ、初回限定盤だろ? なんでこんなもの持ってんだ?」
「あのね、あの始業式のとき、樋口がいなくなったあとで、あの中川くんたちと一緒にいた小学生くらいの男のコにもらったの」
あたしがそう言うと、樋口は「あぁ……アイツか……」と、苦笑いをした。
「あのコ、いったい何者なの? なんか、あたしが『Hinataのデビューのきっかけ』だって言ってたけど……」
「アイツ、そんなことまで言ってたのか? ……ったく、しょーがねーな。……まぁ、アイツは……そうだな、俺の……親友ってとこか? ここ数年会ってねーけどな」
樋口はあたしからCDとペンを受け取ると、どこに書こうかな、といった感じでCDのケースをいろいろな方向から見た。
「…………んー……ここしかねーな。いいか? ここに書いちまって」
と、樋口はケースの中に入っていた歌詞カードの表紙を指した。
このデビューシングルのジャケットは、写真の背景が基本的に黒っぽい。
だから、歌詞カードの表紙の比較的白っぽい部分しか書く場所がない、ということらしい。
「うん。じゃぁ、そこにお願い。……やっぱり、写真の顔のところがつぶれちゃうのは嫌だもんね」
「……おっし」
樋口は慣れた手つきで(そりゃ当然だ)、歌詞カードの表紙にきゅきゅっとサインを書いた。
「ありがと……」
「……ちょっと待て。……まだ終わりじゃねー」
「え?」
ちょっと何かを考えるような表情をした樋口は、その歌詞カードとペンを持ってあたしに背を向けた。
「…………ほらよ」
ぶっきらぼうに手渡された歌詞カードの表紙には、さっき書いたサインに、200X.12.6今日の日付が入ってる。
「……さっきと変ってない気がするけど」
「『オモテ』がすべてじゃねーだろ? 『ウラ』だよ、『ウラ』」
……『ウラ』?
あたしは、よく意味が分からないまま、その歌詞カードをひっくり返した。
これは…………。
「……樋口」
「な、なんだ?」
「樋口、こんなことするキャラじゃない……」
「……は、はぁ? なんだ、気に入らねーなら、塗りつぶすぞ」
「あ、ううん、嘘。ごめん。……ありがと」
あたしがお礼を言うと、樋口はテレビやなんかでは見せたことのない穏やかな表情で笑った。
「おーい、樋口! 藤田とばっかりしゃべってねーで、こっちにも顔だせよ!」
「お、ワリィ、いまそっち行く!」
樋口はウーロン茶のグラスを持って、呼ばれた方へと席を移動するため立ち上がった。
あたしは樋口に軽く手を振った後、再び歌詞カードの裏表紙に書かれた文字に視線を落とした。
『美里へ。 199X.9.1 ○△高校 3-C 樋口直』
今日は、あたしが卒業した高校の同窓会だ。
昨日、なんとなく卒業生名簿を見てみると、なぜかちゃんと樋口の名前が載っていた。
幹事によると、実家経由で同窓会のための連絡はとっていて、いままではスケジュールの都合でどうしても出席できなかったらしいんだけど。
今回は、『Hinata』のデビュー10周年記念の仕事がちょうど一段落したところだ、ということで出席するって、同窓会当日の昼になって聞いた。
樋口は……いまでもあたしのことを覚えててくれてるかな?
あ、でも……『自分を利用して、Hinataの他の二人に近づこうとした、イヤな女』として記憶に残ってるんだろうな……。
「ふーじたさんっ、久し振り!」
同窓会の会場(地元の大きめな居酒屋を貸し切りだ)に着く直前の道端で、あたしに声を掛けてきたのは……あの例の田中さんだ。
「あ、もう『藤田さん』じゃないんだっけ。えっと……?」
「いいよ、『藤田』で。もう、10年以上もそうやって呼んでるじゃない」
「あぁ、そうよね。なんか、不思議なもんよね。高校ではそんなに仲良くなかったのにさ、いまではこんなに仲良しだもんね」
実は、この田中さん、高校卒業後に進学した大学(しかも、学部まで)が同じで。
あたしたちが進学したのは名古屋の大学で、二人とも最初は名古屋で一人暮らしをしていたんだけれど。
慣れない土地での生活からくる不安から、気づいたらよく一緒にいるようになって、ルームシェアみたいにして一緒に住むようにまでなってしまった。
まぁ、仲がいいって言っても、お互いこんな性格だから、未だに名字で呼び合ってるんだけど。
二年前に、あたしがいまの旦那と結婚して以降は、ちょっとばかし疎遠になってしまったけど、メールや手紙のやりとりは続いている。
数年前までは、よく一緒にHinataのコンサートに行ったものだ。
「聞いた? きょう、樋口くん来るんだって」
「あー……、うん。聞いた」
「藤田さん、顔が暗いよ?」
「んー……だってさ、あたし、樋口にひどいこと言ったから……」
「本音じゃなかったんでしょ? 大丈夫だよ。樋口くんは、きっと分かってくれてるよ」
田中さんは、ポンっとあたしの背中をたたいた。
……年月って、ここまで人を変える力があるのね。
同窓会が始まって15分後。
「おー、ワリィ、ちょっと遅れちまったなっ」
そんな声とともに会場に入ってきたのは。
うわぁぁぁ……樋口だあぁぁ……。
テレビや雑誌、コンサートで見る樋口とはまた少し違ってて、変装もなにもしてないけど、なんだろう……、ほんと、『久し振りに会ったクラスメート』な感じだ。
あ、でも、いまここにいる『久し振りに会ったクラスメート』たちの中では、もちろんダントツにかっこいいのだけど。
あたしが、そんな感じでただぼーっと樋口を見ていると、樋口と目が合ってしまった。
樋口は表情を変えずにしばらくあたしを見たあと、周りの元クラスメートたちと何度か言葉を交わして、……わわわ、こっち来た!
「あ、樋口くーん、ここ空いてるよー!」
あたしの隣にいた田中さんが、いきなり立ち上がって叫んだ。
ちょ――!?
た、田中さ――――ん!?
田中さんは、あたしに向かって親指をグッと立てて、ニッと笑った。
「お? おう、ありがとなっ!」
田中さんにお礼を言って、空けられたあたしの隣に座った樋口は、あたしの顔を見て、笑った。
「久し振りだな、美里。元気だったか?」
「あ……うん。樋口も、元気そうだね」
「そうだな。元気じゃねーと、やってけねーからな」
そう言って、樋口はお店の人が運んできたウーロン茶を口に運んだ。
「樋口、お酒飲めないの?」
「あぁ、そうなんだ。おまえみたいに、そんな生中なんか飲んだら半分で確実につぶれるな」
と、あたしの目の前に置かれている中ジョッキを指した。
……あれ、そういえば、樋口と普通に話せてる。
「……あのさぁ、樋口」
「ん? なんだ?」
「樋口は、あたしのこと……イヤな女だと思ってない?」
あたしが言うと、樋口はテーブルに並べられてるお皿に手を伸ばしかけていたのを止めた。
「……はぁ? 何でだ?」
「だって……、あたし、樋口が最後に学校にきたとき……、ひどいこと言ったでしょう?」
「ひどいこと?」
「あの、『樋口に興味なんかなくって、近づけば中川くんや高橋くんに会えるんじゃないか』みたいなこと……」
「あぁ……」
あたしの言葉を聞いた樋口は、フッと笑って、
「あんなの……おまえの本心じゃねーだろ? おまえが、そんなヤツじゃねーってことくらい、俺は分かってたぞ」
「……え? なんで?」
「な、なんで……って」
樋口は、少し困ったようにあたしから視線をそらして、
「俺は、おまえのこと……二年も好きだったんだ。だから、ちゃんと……分かってたよ。それに……」
いったん言葉を切った樋口は、今度は笑って、
「それによ、おまえ……俺があのとき、最後に教室を出るとき、笑ってくれてただろ? それが、俺には『がんばれ』って言ってくれてるように見えたんだ」
「…………樋口」
「うん?」
「……それ、ちょっと自意識過剰すぎ」
「な、なに!?」
「……ごめん。嘘」
「なんなんだよ?」
樋口は、「わっけわかんねーな?」と言いながら、笑って再びテーブルのお皿に手を伸ばした。
「あ、樋口、こっちのもおいしいよ」
あたしは、自分の近くにあったお皿からいくつか料理を小皿にとって樋口に渡した。
「おう、ありが…………」
樋口は、小皿を受け取ると、あたしの手元を見たまま動きを止めた。
「……美里、結婚……してるのか?」
樋口が見ていたのは、あたしの左手の薬指にある指輪だった。
「あ、……うん。二年前にね」
「………………そっか。そうだよな。うん。……おめでとう!」
「……もしかして、ガッカリした?」
「な、ななな? おまえ、それこそ自意識過剰じゃねーのか?」
樋口は、慌てた感じであたしから視線をそらすと、目の前にあったジョッキを口元に運んだ。
「……って、樋口! それ、あたしのビール……!」
「ぶっっっ……!」
ギリギリのところで飲み込むのを阻止できたらしい(少しこぼれたけど)。
「……ところでさぁ、樋口。ひとつお願いがあるんだけど……」
「お、お願い? ……なんだ?」
「実は……サイン欲しいんだけど……、ダメかな?」
「サイン? 俺の?」
「うん。……ダメ?」
「いや……全然、駄目じゃねーけど。色紙かなんか、持ってんのか?」
「あ、色紙じゃないんだけど、……これにお願い」
そう言ってあたしがカバンから取り出したのは、CDのケース。
きょう、もし樋口に会って、笑って話せたらお願いしよう……と思って、持ってきたのだ。
「……って、おまえ……これ、Hinataのデビューシングルじゃねぇか。しかもこれ、初回限定盤だろ? なんでこんなもの持ってんだ?」
「あのね、あの始業式のとき、樋口がいなくなったあとで、あの中川くんたちと一緒にいた小学生くらいの男のコにもらったの」
あたしがそう言うと、樋口は「あぁ……アイツか……」と、苦笑いをした。
「あのコ、いったい何者なの? なんか、あたしが『Hinataのデビューのきっかけ』だって言ってたけど……」
「アイツ、そんなことまで言ってたのか? ……ったく、しょーがねーな。……まぁ、アイツは……そうだな、俺の……親友ってとこか? ここ数年会ってねーけどな」
樋口はあたしからCDとペンを受け取ると、どこに書こうかな、といった感じでCDのケースをいろいろな方向から見た。
「…………んー……ここしかねーな。いいか? ここに書いちまって」
と、樋口はケースの中に入っていた歌詞カードの表紙を指した。
このデビューシングルのジャケットは、写真の背景が基本的に黒っぽい。
だから、歌詞カードの表紙の比較的白っぽい部分しか書く場所がない、ということらしい。
「うん。じゃぁ、そこにお願い。……やっぱり、写真の顔のところがつぶれちゃうのは嫌だもんね」
「……おっし」
樋口は慣れた手つきで(そりゃ当然だ)、歌詞カードの表紙にきゅきゅっとサインを書いた。
「ありがと……」
「……ちょっと待て。……まだ終わりじゃねー」
「え?」
ちょっと何かを考えるような表情をした樋口は、その歌詞カードとペンを持ってあたしに背を向けた。
「…………ほらよ」
ぶっきらぼうに手渡された歌詞カードの表紙には、さっき書いたサインに、200X.12.6今日の日付が入ってる。
「……さっきと変ってない気がするけど」
「『オモテ』がすべてじゃねーだろ? 『ウラ』だよ、『ウラ』」
……『ウラ』?
あたしは、よく意味が分からないまま、その歌詞カードをひっくり返した。
これは…………。
「……樋口」
「な、なんだ?」
「樋口、こんなことするキャラじゃない……」
「……は、はぁ? なんだ、気に入らねーなら、塗りつぶすぞ」
「あ、ううん、嘘。ごめん。……ありがと」
あたしがお礼を言うと、樋口はテレビやなんかでは見せたことのない穏やかな表情で笑った。
「おーい、樋口! 藤田とばっかりしゃべってねーで、こっちにも顔だせよ!」
「お、ワリィ、いまそっち行く!」
樋口はウーロン茶のグラスを持って、呼ばれた方へと席を移動するため立ち上がった。
あたしは樋口に軽く手を振った後、再び歌詞カードの裏表紙に書かれた文字に視線を落とした。
『美里へ。 199X.9.1 ○△高校 3-C 樋口直』