コンチェルト ~沙織
数日後、その男性はまた訪れた。
偶然 沙織の順番で 窓口に来る。
「先日は、ありがとうございました。」
と 丁寧に言って 通帳を差し出す。
「こちらこそ。お手を煩わせまして。」
業務用の笑顔が、ふっと素の笑顔になる。
男性が爽やかで好感の持てる口調だったから。
差し出された通帳は、廣澤工業のものだった。
同じビルの上に、本社を構える企業。
沙織の銀行のお得意様。
「廣澤工業様でしたか。いつもありがとうございます。」
沙織は、丁寧に言う。
「こちらこそ、いつもお世話になっています。僕、経理に配属したばかりで。これからも、よろしくお願いします。
」紀之と交わした最初の会話。
行員とお客様の、普通の会話。そこから何かが始まるなんて、沙織は思っていなかった。