妖しな嫁入り
 面白そうに私を見つめる瞳は、獰猛に光るのでしょう?
 その綺麗な唇は人の血を啜る。
 長くて細い指、鋭い爪は人の肌を斬り裂く。
 
 残酷な想像に浸るも、妖狐の返答は違っていた。

「確かにそういう奴もいることは否定しない。だが俺は違う」

「妖の言葉を信じると思うの?」

「誰がこんな薄皮と骨だけの人間を食うものか」

 値踏みするように不躾な視線に、それはそれで腹の立つ言い分だ。

「全ての妖の言葉を信じろとは言わない。だが俺の言葉だけは信じてほしいものだ」

「私は人間、だから妖は信じない」

「なるほど。では妖である俺も斬るか?」

「当然。けど、自分の実力はわきまえているつもり……」

 この手には反撃する術がないことも。あの黒い刃はどこへ行ってしまったのだろう。

「ほう、懸命だ。ならばここにいろ」

 今何か、耳を疑う提案が聞こえたような。

「何て?」

「話を聞けば、帰る場所がないのだろう」

「そうね。お前のせいで」

「ならここにいればいい」

「私がお前たち妖を狩る側だと理解しているの?」

「それがどうした。妻にすると言ったはずだが」

 どうしたもこうしたも普通あると思う。

「自分を斬るかもしれない人間を傍に置くなんて、馬鹿げてる」

「では君に俺が斬れるのか?」

「くっ!」

 言葉に詰まった。斬りたいといくら望んだところで願望、実力が伴わないことは理解しているので口を噤んでしまう。実力の差は昨晩見せつけられたばかりだ。そんな私の心の声が聞こえているかのように妖弧は嫌味な微笑を浮かべている。

「斬れるものなら斬ればいい、いつでも狙って構わない。だが、俺はこれまで君が狩った奴らのようにはいかないぞ」

 言われるまでもないと言葉で認めるのは癪で、また私は何も言えない。

「だから傍にいてくれ」

「お前に何の得がある?」

「交渉はここからだ。君を住まわせるにあたって三つ条件がある」

 言ってみろと私は身構えた。戻る場所がないことも事実、たとえ目の前の男が原因だとしても朝になってしまえば私に成す術はない。

「一つ、逃げるな」

「わかった」

 即答出来た。この妖狐はわかっていない。逃げると言うのは逃げる場所がある人間がすることで私には無縁の言葉だと。

「二つ、俺が生きている間この屋敷で俺以外の妖に手を出すな」

 私は素直に頷くことはせず少し考えてから質問する。
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