妖しな嫁入り
「こちらが危害を加えられることもないと?」

「ああ、そう命じておく」

「わかった」

「三つ、できなければ大人しく妻になれ」

 立ち尽くしていた私は盛大に崩れ落ちる寸前だ。

「なっ、なにを、まだ言うの!?」

 まだ諦めていない!? 
 私はあからさまにうろたえていた。口説かれて照れているとか可愛いものではない。そんな次元ではない。人間を妻にしようという酔狂な妖狐に未だ驚きを隠せず呆れてしまう。そもそも妖の嫁なんて未来、あるわけがない!!

「どうした? 返事は?」

 これまでと変わって一向に返事をしない私に焦れたのか、逃げ道はないと思い知らせるように挑発的な目が結論を求めている。

「わ、わかった!」

 どうせ私の世界は生きるか死ぬか、了承する他ないのだ。

「言ったな。約束、違えるなよ」

 妖狐は至極満足した様子で頷く。

「それは私の台詞。後悔させるから、覚悟していればいい。お前を八十四番目にする」

「なんだその数は」

「私が狩った妖の数。百の妖を狩れば、名をもらえるはずだった」

 過去のことだと告げながらも私は考える。まだ遅くないかもしれないと、淡い期待を抱いていた。
 目の前にいるのは妖弧、こんな大物そうそう目にできるとは限らない。貴重で強大な妖、だとしたらまだ間にあうかもしれない。一度は失敗したけれど、これが最後の機会。望月の人間だと認めてもらえるかもしれない。
 都合の良い願望でも構わない。人は希望に縋らなければ生きていけない。私はこの境遇さえ糧にして希望を捨てない。
 私の考えなど見えるわけがない妖弧は困ったように「やれやれ」と呟く。散々困らされたのは私の方だ。

「何が不満だ? 君の名は椿、美しい花の名だというのに」

「どれ程美しい花と言われようと私はその花を知らない」

 花の名を教えてくれる人間などいるはずがない。仮に聞いたところで、そんなものは不要だと言われることだろう。私に必要なのは『戦う術』だけだった。

「ではいずれ見せてやろう。俺はこれからも君を椿と呼び続けるし、気にくわないのなら口を塞げるほど強くなってみせろ。無論それ以外の方法でも歓迎するが? 未来の奥方殿」
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