妖しな嫁入り
 楽しげに見つめられ苛立ちが脹れ上がる。いよいよ我慢も限界だ。そんな未来、あるはずがない。わざとらしく付け足された挑発に自分でも驚くような俊敏さで反論していた。

「さて、未だ妻ではない女性と同室は問題か?」

「え?」

 結婚相手に人間を選ぶことから想像するに、色々と規格外なのか、はたまた器が大きいのか。いずれにしても妖に、この妖狐に常識的な思考を期待していなかったので、もっともらしい発言に驚かされる。

「なんだ、この部屋……俺の傍にいたいのか? では、このまま抱いてしまうぞ。これでも抑えているんだが」

 耳聡いのか戸惑いは拾われていた。
 うるさい、わざわざ言い直さなくていい。
 落ち着きなさい私――そう言い聞かせて妖狐を睨みつけた。
 改めて、私は妖狐を観察する。
 服装は昨夜の簡易なものから袴へと変わっている。好き勝手に遊ばせていた髪は高く一つに結ばれ赤い紐が目を引いた。藍色の羽織は品が良く、まるで剣を扱う侍のようだと感じさせる。
 ふわふわの耳も獣の象徴たる尾も消えていた。妖しい魅力に満ちていた黄金色の瞳は眠りについたように落ち着き人間にしか見えない。
 一応、見目麗しい異性に告げられているという自覚はある。私が普通の感性をしていたのなら心踊らせていたのかもしれない。相手が普通の人間であればの話になるけれど……。
 憤るも平常心、平常心。心を乱されては相手の思うつぼ。
 反論を待っているような、意味深に細められる瞳は何? 私がうろたえるのを楽しむつもり? 望み通りになってたまるものか。

「そうなる前に刺し違える」

 ひとしきり心の中で喚いた後、言ってやった。今の私にできる最上級の返答だ。

「せいぜい健闘するがいい」

 いくら虚勢を張ろうとも己の身を守る術のない私は結局侮られていたけれど!
 妖弧は前触れもなく立ちあがり、すっかり立ち尽くしていた私は突然のことに半歩足を下げてしまった。不覚だ。
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