妖しな嫁入り
 ゆったりとした動作で距離を縮めているともなれば、昨夜の妖狐による非道な行い(口付け)が脳裏を過ぎり、私は速やかに拳を握っていた。さらに妖狐は着ていた藍色の羽織を脱ぎ始める。

「何を――」

 いざとなったら拳で顎を狙う。私に触れようものなら問答無用で叩きこむ!
 狙いを定め構えるが、妖弧の行動は私の予想と違っていた。
 姿を追って首を巡らせると、背後に回り私の肩に脱いだばかりの羽織をかけている。当然ながら背の高さが違うので裾を持て余してしまった。

「着ていろ」

 あまりにも最低限のことしか告げられず、意味がわからないと高い位置にある顔を見上げる。

「寒くも何ともないけれど」

「そんな薄い夜着一枚で他の男の前に出せるものか」

「別に、困ることはない」

 私の発言に驚いたのか、妖狐は目を丸くする。確かに夜着は一般的に人前に出るような格好ではないけれど裸を晒すわけでもあるまいし。どうせ相手は妖なのだろうと思えば体裁も気にならなかった。

「普通の女性は困るはずだが……君は逸脱しているのか?」

 その通りだ、私は普通から逸脱している。けれどおわかりいただけるだろうか、妖から普通について説かれる心境が! それはもうやるせないというか、苛立つというか、立場がないというか……様々な感情がないまぜになっている。
 言い訳をさせてもらえるのなら、自ら望んだことではない。責任を転嫁するようで心苦しいが、育った環境のせいもあると言わせてもらいたい。

「了解した。では言い方を変えよう」

 腹部に腕が回り、背に熱を感じる。
 ……まさか抱きこまれた!?

「ひっ!」

 今のは私が上げた声?
 自らの反応に戸惑っていると、さらに気配が近くなる。

「いずれ妻になる者の艶姿を他の男に見せるなど、俺を嫉妬で狂わせたいのか? 本来ならばすぐにでも着物を用意したいのだが、何分急なことで支度が整っていない。だから、どうか俺のために着ていてくれ」

 耳元で告げられ、温かな吐息を感じてはさすがに羞恥が募る。艶のある声は耳に馴染み、睦言のように甘い囁きは私の肌を赤く染めていた。

「ほお、そういった反応は出来るのか。上出来だ」
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