妖しな嫁入り
 満足そうな声音が聞こえて私はもがく。このままここに収まっていてはいけない気がした。何が、かは良くわからないけれど、とにかく体に良くない気がした。風邪でもないのに、体がこんなにも熱を発しているから――
 必死に暴れてやれば名残惜しそうに手が離れ、解放されると即座に距離を取った。

「からかわないで!」

 遊ばれた、弄ばれた、いいように!

「屈辱!!」

 何をされるか油断も隙もないという警戒で妖狐から視線が逸らせない。トンと背後に柱が当たるまで後ずさり、大人しく羽織を掻き合わせて正座する。大きな羽織は私をすっぽり覆い隠してくれた。

「それでいい」

 終始楽しそうにしている妖狐に納得がいかない私は何も間違ってはいないはずだ。
 妖狐もその場に座った。崩した足が着物から見えていて色っぽいだとか、そんなことは断じてあり得ないが。正座しろ、ちゃんと座れ! などといくら叫ぼうがここは妖狐の屋敷、咎める者はいないのかもしれない。

藤代(ふじしろ)

 妖狐は襖の向こうへ声をかける。誰かの名だろうか、不思議に思っているとすぐに返答があった。

「ここに」

「入れ」

 外からする声は男のものだ。「は?」と小さく戸惑うような雰囲気を感じたが、それきり返答はなく、入室を許可しているというのに動く気配はない。

「その、朧様。……新婚間もない男女の寝室に、わたくしのような者を入れては奥方様が気にされるのでは」

 外からは非常に言いにくそうな気配が漂っている。

「残念なことにまだ奥方様ではない。入れと言っている、遠慮することはない」

 歯切れの悪い物言いを零しつつも「それでは……」と、ようやく入室する気になったようだ。とても長い時間を費やしたように思える。

「失礼いたします」

 青年の髪は薄い紫色。物腰柔らかく、丁寧に頭を下げ入室する姿から目が離せない。
 美しい妖、なのだろう。新しいもの目にするたび、語彙の少ない自分が嫌になる。上手く伝える術を持たないことがもどかしい。
 見惚れているような相手と場合でもないけれど、危害を加えられることはないのだろう。妖狐の言葉を完全に信じるわけではないが、信じているしかないというのが現状だ。

 藤代と呼ばれた男は室内の状況、私と妖狐の姿を目に留める。
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