妖しな嫁入り
 これは三つの条件に含まれていなかった。どうしても嫌だと渋れば回避できる可能性もあるだろう。けれど私は考え、そして効果的な反論を思いつく。

「なら、私からも一つ条件がある。稽古を付けてほしい」

 私の言い分に、藤代は目に見えて戸惑っている。それもそうだろう、仮にも奥方候補が稽古をつけろと主張しているのだから。

「さすがに奥方様にそれは……いえ末来のですが……そのような真似は――」

「いいだろう」

「はあ、ですよね。そのように――っていいんですか!?」

 藤代は耳を疑い主に詰め寄る。

「構わない、好きにさせてやれ。この屋敷で君は自由だ。したいようにするといい」

「自由?」

 妖から与えられた自由なんて欲しくない。自由も然り、私が欲しかったものは自らの手で掴み取るしかない。だから私は、そのためにも強くなってお前を狩る。

「藤代、彼女を椿の間へ案内してやれ」

「かしこまりました。ご案内いたします」

 こちらですと部屋を出るよう促された。了承して足を進めるが、一つ思い出して呼びかける。

「妖狐」

「どうした。心細いのか?」

 どうしても聞いておきたいことがあっただけなのに曲解されていた。

「違う! 私の刀はどこ?」

「刀? ああ、君が手にしていた刀はあの場に置いてきてしまった。大切な物か?」

「大切? 多分、それは違う。ただ、ずっと一緒だったから……」

 迷うことなく違うと答え、わかったと頷く。大切に扱っていたわけでもない、あれがないと死ぬわけでもない。私を形成する上でも生きる上でも、さほど重要な要素ではない。ただ、長年染み付いた癖は簡単には消えず、腰に重みがないと落ち着かないだけで。それと……切実に武器を入手したかっただけ。

「それでは椿様、私室にご案内いたしましょう」

 この男も私を椿と呼ぶらしい。これから先もここにいる限り私は『椿』なのだろう。
 妖から与えられた名、滑稽だ。けれど『あれ』や『これ』に比べればましな呼び名であって、響き自体は嫌いではない。むしろ凛とした雰囲気を纏っていて好ましかった。
 まるで人間のようで笑ってしまう。彼らは妖なのに……妖から人間のように扱われるなんて、あってはならないこと。
 長い廊下を歩かせられ、私はひたすら藤代の後を追っている。前を見るたびに藤代の髪が揺れていた。

 でも――

 何度もそう思ってしまう。彼も妖狐も、まるで人間と変わらない。
 そんないけないことを考え続けていたなんて、誰にも知られたくはなかった。
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