妖しな嫁入り
 わかりきっていることを何故聞き返すのだろう。先ほどは言葉数少なく妖弧とやり取りをし、有能そうな印象を受けた。こんな簡単なことが理解できないはずもない。

「だから、私を攫ってきた妖狐を」

 説明すれば、わざとらしく困った表情が浮かべられた。

「わたくしには、どの妖狐があなた様をお連れしたのか見当も付きません。現場を目撃したわけはありませんので……」

 ああ、なるほど。そういうことか。
 この男の狙いがわかってしまった。

「朧!」

 つまりは名前を呼ばせたいのだ。そして私の推測は正しかった。「ああ、なるほど!」と、これまたわざとらしい――正確には演技が下手なわけではないけれど。添えられた極上の笑みが過剰過ぎて、初対面の私ですら警戒してしまう。それと同時に確信する。この男は根っから妖狐……朧の見方なのだと。
 私にとっては数いる妖のうちの一匹、それ以上でも以下でもない。妖としての名だけ分かれば十分で、名乗られようが妖狐と呼び続けていたけれど、この男にとってはそうではいのだ。
 まあ確かに、妖狐が多数暮らしているのなら面倒だ。これからは名を呼ぶよことにしよう。あくまで本人の前以外では。

「これでわかった? ……満足?」

「はい」

 どうせ不満がる私の理由も理解しているのだろう。満足そうに笑みを浮かべている藤代とは言い争いをして叶う相手ではないと思った。
 後に藤代は、この功績を大層褒められたることになるが、私にとっては知ったことではない。


 私は藤代を前に今後の予定を話し合っている。
 座学――屋敷のこと、しきたり、奥方として身につけておくべき知識。私に教えたいことは、それはそれは大量にあるらしく……はっきり言って頭が痛い。それらをこなさなければ稽古をつけてもらえないというのだ。
 やるしかないけれど……何しろ勉学に励んだことがない。未知の領域に明日からどうなるのかと目眩がする。

「失礼いたします。藤代様、お食事をお持ちしました。それと言いつけの物は全て仕上がっております」

「ああ、野菊か。頼む」

 運ばれてきた食事に唖然としていると、私の前にみるみる支度が整えられていく。

「すっかり昼を回ってしまいましたね。配慮が遅れ申し訳ありませんでした。どうぞお召し上がりください」
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