妖しな嫁入り
 刀が異形を切り裂いた。
 二つに引き裂かれたそれは水の固まりのように揺らぎ地面へ叩きつけられる。
 形を保っていたものが崩れゆく様は不気味ではあるけれど、もう慣れてしまった。
 それが何だったのか、正確に『あれ』が何と呼ばれていたのか知る術はないし興味もない。『あれ』が妖であるという事実だけで十分な理由だった。
 四足歩行、鋭い牙と爪を誇示し人に襲いかかる危険な存在は狩るべき対象となる。

 ここは都から離れてはいるが山間にしては賑わいのある町らしい。多くの人々が暮らしているのか長屋が並び、商店も栄えている。都には劣るがそれなりの規模なのだろう。といっても私の考えはどこまでも想像に過ぎないけれど。
 明るいうちに訪れたことのない私にとっては全てが他人事。あるいは想像の中の出来事にすぎない。
 いつだって私には無縁の世界なのだと否応なしにも見せつけられる。
 人の気配があればそれだけ妖も出没しやすいと訊かされた。だからこそ、たまたま今宵の狩場に選んだだけの、特に思い入れもない町だ。

 そうして後に残るのは生き残った私だけ……

 月光を浴びる黒い刃だけが私の味方。あるいは相棒。せめてもの情けに与えられた武器はどこにでもあるような無名の安物。身を守るために縋れる唯一のはずが笑えてしまう。
 役目を終えた私は刀を鞘に収めた。

「八十三」

 抑揚のない自分の声が嫌いだ。とはいえ生き残ることができた安堵、先ほどまで戦っていた緊張のせいか、平時よりは高揚を感じさせる。
 この目は人ならざる者を映し、この手には妖を狩る力がある。今日までに私が斬った妖はこれで八十三匹目。

「けれどまだ、足りない……」

 感傷に浸っている時間はない。役目を終えたのなら次を、あるいは早急に戻らなければならない。
 けれど今宵に限っては私を引き止める者がいた。

「おい、そこの女!」

 無遠慮な物言いで声をかけるのは二人組の役人――人間だった。二人とも同じような黒い服を着て、腰には刀を下げている。いずれも年配の男だ。

「帯刀などと、廃刀令を知らぬ訳はないだろう!」

 かつては当たり前のように帯刀が許されていたけれど、時代の流れと共に定められた法律では庶民が刀を所持していてはいけないのだとか。正直に言って私には関係ないし、迷惑な話だと思う。
< 2 / 106 >

この作品をシェア

pagetop