妖しな嫁入り
「おい、何を想像した? 普通に入口からに決まっているだろう」

 本当だ。襖はしっかり開いている。

「何を言い争っているかと思えば、着てみればいいだろう。全て君のために用意させた品だ、おかしな物は紛れていない」

「どうだか。見なさいよこの着物!」

 大袈裟ともとれる動作でそれを指差した。

「こんなに可愛い着物なんて着たことがないのに、どうしたら私に似合うと思えるの?」

 朧の感性が不思議でならない。

「では日頃どんなものを着ている? 場合によっては調達してやろう」

「生れてから今日まであの黒い装束よ。何か問題がある?」

 朧は信じられないとい目を覆う。

「年頃の娘が黒一色とは、虚しいものだ」

 妖から憐れみの眼差しを向けられている私って一体……。

「よ、余計なお世話! だからこれらは私に必要ない物。こんな明るい色、落ち着かない。可憐で、見る者を虜にするような着物……」

 言いながら、私は自分に驚かされる。こんなにしゃべることが出来たのね。

「なるほど、着物を褒めてもらえるとは光栄だな」

「そんなこと――」

 ――ないわけがない。
 思い返せば私の発言は称賛以外のなんでもなかった。ともすれば、似合うも似合わないも、たかが着物ごときに幼稚な反論を繰り返す自分に呆れてしまう。着てしまえば同じだろうに。

 仮に望月家から支給されたとして、私は躊躇うことなく袖を通す。そうすることが当然だと受け入れる。けれど今は、朧相手には素直に受け入れることが難しかった。
 妖相手だから反発している? きっとそれだけではない。交渉、約束、契約? この曖昧な関係をなんと呼ぶ? たとえどんな呼び名であろうと、変わらぬ現実があることに私は気付かされていた。

 朧は私と対等に会話してくれる。

 それだけは……評価しているのかもしれない。いつのまにか自然に、彼は私の発言に耳を傾けてくれる相手だと認識してしまっている。
 どうしようもない私の抵抗にも呆れることなく付き合って。いえ、呆れてはいるでしょうけれど。一方的に会話を拒絶し終えることをしない。そんな対応に、僅かながら嬉しさを感じ始めている。
 妖なのに、あの家の人たちとは違う。こんな私の意思を尊重してくれている。

「さて、俺はこの着物を纏った君を褒めてやりたいのだが?」
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