妖しな嫁入り
 こちらの様子を窺うような口調。けっして無理やり着させようとはしない、判断をゆだねるようなもの。それこそ着物一枚で、だ。

「……着てもいい。でも、こういった帯は初めてだから一人では難しい」

 折れるべきは私なのだと、なんだか負けたような気持ちになった。

「そうか、承知した。さすがに俺がと申し出るわけにもいくまい。野菊を呼ぶか」

 野菊――先ほど食事を運んできた妖を呼ぶらしい。
 呼びつけられた野菊に着つけられながら、私は一つ、また一つと質問していく。
 これは何? あれは何? そうして今まで知らなかった知識を得た。いつまでも妖の手でされるがままになりたくはないと、自分の力で着られるようになりたいと考えている。本音を言えば、そばに誰かがいることに慣れていない。そんな戸惑いもあった。

「終わりましたよ、椿様」

「ありがとう」

 日頃言いなれていない言葉は不格好だと痛感する。けれど野菊は嫌な顔もせず「とんでもないことです」とだけ言う。これもまた私の単調な声音とは違い心地の良いものだった。

 何かをしてもらったら感謝を告げる。人として当たり前のこと、たとえ妖相手でもぬからないのは自分は人間だという証明のため。きちんと感謝を告げるのは人の証、妖のように野性的ではなく知能がある証――そう思っての行動。
 それなのに、今在る私よりも明らかに妖たちの方が知識深くて悔しい。いずれ逆転してみせようとここに決意する。
 ひとまず将来設計は後にして、直面する問題と向きあうことにしよう。

「何か言いたいことでも?」

 会釈する野菊と入れ替わり入室する朧に対して、私の問いかけは自然と固く挑戦的なものになっていた。だから言ったのだ似合うはずがないと。それを押し通させたのは朧。やっぱり似合わなかったなどと言ってみろ、その通りでも許さな――

「よく似合っている」

 ……それは私に向けられた言葉?
 いくら耳を疑えど、目の前には朧しかいない。それと同時にここには私しかいない。

「君の黒い髪にはどんな色合いでも似合うと予想していたが、山吹は良いものだな」

「山吹、色?」

「ああ、その様な色のことを言う。山吹の花をあしらった模様が美しいだろう」

「これが、山吹の花?」

 初めて知った言葉を繰り返す。着物に視線を落とすと小ぶりな白い花が散りばめられている。
< 22 / 106 >

この作品をシェア

pagetop