妖しな嫁入り
「なるほど、お前を任命したのは間違いだったか。その表情、俺も見てみたいものだ。近いうちに見学させてもらおうか」
「おそらく講義が進みませんのでおやめ下さい。盛大に嫌がる椿様が目に浮かびます」
朧様には悪いが即答で切り捨てさせてもらう。
先ほどの話と椿様の様子からしても二人の関係は険悪なのだろう。主に椿様から朧様への印象はあまり良くないと見受けられる。ところがありのままを告げたにもかかわらず、やはり朧様は愉快そうにしており理解し難い。
「問題の稽古の方ですが……」
何が問題かと首を傾げる朧様は放っておく。嫁候補に稽古をつけるなど問題に決まっている――自ら気付いてほしいものだ。
「こちらも非常に筋が良い」
「さすが俺のみ込んだ相手だ」
普通に考えて人間の年若い女が剣術に秀でていると評価しているのですが耳を疑うこともしないとは。つまり思い当たる節があるのでしょう。賭けの内容からしても彼女は腕に自信があったと見える。
「これまでは我流だったのでしょう。刀を振りまわしているだけでしたが、それでも大したものですね。低級な妖相手なら引けをとらないでしょう。そこにわたくしが型を指南しているのですから、今後の成長が楽しみです」
「想像以上だな」
「何がです?」
「良い妻になりそうだ」
「はあ……」
呆れ交じりに返答するので精一杯だ。
「彼女に椿の間を与えましたね」
椿、それは朧様の一番好きな花だ。
屋敷の最奥、まるで宝物を隠しているようだと、わたくしにはそう見えた。誰の目にも触れさせないように、自分だけのものだと――執着しているように。
けれどそこまでの価値が彼女にあるのだろうか。
「俺の大切な花になるかもしれない相手だぞ」
愛しげに、または切なげにも見える表情で月を見上げる朧様は何を考えているのやら。けれどその呟きには、そうであってほしいと願いが込められているようだった。
では、彼も持て余している感情ということか……。
殆ど女性相手に執着を見せなかった主にしてみれば、進展ありと喜ぶべきなのでしょうか。いずれにしろ、わたくしごときに図れるものではないでしょう。
さて、明日の講義内容に着いて計画を練るとしましょうか。そうとなれば早めに酒盛りを切り上げねばならない。この酒好き相手に何と言って切り上げさせるか……少し考えて、彼女の名を出せばすぐに解決するだろうと思い至る。
あの椿と言う少女が妻になろうが、別の女が収まろうが関係ない。わたくしの主は朧様、彼の望むままに――誠心誠意、与えられた命令に従うだけだ。
その先に待つのが主の幸福であることを願い、わたくしのすべきことは決まっている。あの少女を、朧様の妻としてどこに出しても恥ずかしくないよう教育を施すだけだ。
ただ正直なところ、彼女の目覚ましい成長ぶりは自分にとっても密かな楽しみであった。