妖しな嫁入り
「女がこんな時間に何をしている。名は? 何者だ?」

 代わる代わる質問攻めにされる。
 けれど私は答えない。というより答えが見つからない。その答えは私自信が一番知りたいものだから。

「名乗る名はない」

 明らかに怪訝な顔をされているけれど事実なので仕方がない。さすがに生れ育った家の名は記憶しているけれどそれを告げてはいけない決まりだ。

 私が生まれた望月家はこの辺り一帯を管理する名家であり神職の家系。
 けれど私は生まれただけ。一切の繋がりを知られてはならない。捕まってはならない。捕まればそれで終わり、望月家は呆気なく私を見放す。

「私は忙しいの。お互いのためにも見逃してほしい」

「ふん、何が忙しい? 悪事でも働く気か?」

「ああ、そうに違いない」

 どういう意味かといぶかしむも、男たちは勝手に決めつけていく。

「近頃不審な事件が相次ぐと住民が不安を訴えてな。嘆願書まで出される始末だ。おかげで我々もこうして見回りに駆り出され迷惑している」

「さあ答えろ。女、貴様何をしていた?」

 人間相手に手を上げたくないけれど、見逃してくれないのなら仕方がない。たとえ実力行使になろうと私は逃げなければならない。

「自分の身が大切なら質問は控えて」

 などと口では言いつつも私の手は刀に伸びている。けれど鞘の中で待つ黒い刃は妖を斬るためのものだ。
 みねうちなら――そんな風に考えた瞬間、まるで私の作戦を否定するように邪魔が入る。

「夜道に女が一人歩きとは感心しない」

 艶のある男の声。
 最初に異変を察知したのは私だった。顔を上げ、いち早く声の出所に視線を向ける。

「誰?」

 屋根の上に佇む影が私たちを見下ろしている。役人たちは釣られるように私の視線を追った。

「ほう、君は良い反応をするな」

 感心するような響きだ。
 影が動く――そう認識したと同時に視界から相手の姿は消え風が吹き抜ける。
 瞬きの間に役人たちは呻き声を上げ倒れていた。血が出ていないのなら強い衝撃で気絶しただけだろう。

「さて。君は先ほど同胞を斬っていたな」

「――っ!」

 後ろ!? 
 まるで風のよう。いつの間に背後へ回った?
 男は確かに同胞と言った。私は人間に手を上げたことはない。先ほど斬ったのも妖だ。となれば声の主もまた妖なのだろう。
 私は躊躇なく刀を抜いた。この時点で大分後れを取ったことは否めないけれど。
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