妖しな嫁入り
「何か用が?」

「用がなければ会いにきてはならないのか?」

 これまで用件もなく自分に会いに来る奇特な者はいなかった。だからつい身構えてしまうのだ。そして――

「そうしてほしい」

 当然だ。あまり顔を合わせていたい相手もない。

「何故?」

「何故?」

 繰り返すように朧の後に私の声が続く。朧は用がなければ会いに来てほしくないという理由を問い、私は何故その理由を問うのかと問う。
 私が答えやすいようにとの配慮か、朧は先に自らの理由を語りだした。

「用など、なくても訪ねるに決まっている。俺が君に会いたいから、とでも言えばいいのか?」

 さらに何故と聞き返したくなったのはさておき、私も自らの理由を模索し始めていた。
 考え、思考に悩まされることが増えていく。その度に思い知らされる。定められるままに刀を振るうことがどれほど楽だったかを。まるで人形のように意思はなく、ただ命令に従うだけの駒。

「椿?」

 朧は私の名を呼ぶ。
 私は、椿は――
 その名を与えられてから考えてばかりだ。もう人形ではなくなっていた。求められもしなかった私の意見が求められている。何も口にしなければ朧は更に追求するだろう。

「お前は、私の心を乱すから」

「なんだと?」

 何の答えにもなっておらず、そしてまた私は考える。沈黙を選べば勝手に名付けてしまうような相手である、考えることを止めれば朧のいいように流されてしまうのではと危惧した。
 根底にある『狩るべき妖』ということはすでに朧とてわかっているはず。ならば提示すべきは別の理由か……。
 朧からの質問には毎度悩まされてばかりだ。それは己の未熟さを実感させられるということで悔しかった。

「そうか!」

「どうした?」

 何故、その答えはおそらく――

「お前は会うたびに何故と、私が返答に困ることばかり聞く。その度に自分の無知を実感させられるのは不満で、だからあまり会いたくはない」

「なるほど、可愛い奴だ」

 ようやく絞り出した回答だと言うのに、一瞬にして無駄なことをしたような気分に陥った。

「……どうしてそうなる」

「どうしても」

 朧の笑みは常に憎たらしい。妖でありながら人のように美しく、見透かすような眼差で見つめられるから。

「もう、いいでしょう。私は稽古に移る」
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