妖しな嫁入り
 ここまで答えたのだ、十分だろうと私は刀を抜いた。
 この刃で今すぐ朧を斬りつけたら?
 そんなもの答えは明白、返り討ちにあって終り。既に襲撃に失敗したことがあり、ひらりとかわされた経験談である。

「美しい刃だな」

「自画自賛?」

 宣言通り、この刀は朧から送られたものだ。けれど、どこが美しい刃なものか。曇り一つなかった刀身も、私が握ればかつての愛刀のように黒く染まってしまった。それでも自らの目利きを褒め称えているのかと呆れ半分に聞いていれば――

「いや、黒い刃が美しいと思ってな」

「こんな闇色が?」

 彼らは闇を好むのかもしれない。私は好きになれそうにないけれど。

「何にも染まらない美しさだろう」

「他者を浸食する忌むべき色。お前の言う美しさとは無縁だと思う」

「そうか、つくづく俺たちの意見は食い違うな」

「当然」

 お前は妖、私は人間。それでいい。

 藤代が来てくれたおかげで私の稽古が始まり、無意味な会話を切り上げられると思った。けれど打ち合いが始まっても朧が引き上げることはない。それどころか縁側を陣取っている。

「――で、どうして朧はそこにいる?」

「俺のために励む姿を見守るのも務めだろう」

「思い上がり!」

 面白そうに稽古を眺められては苛立ちが募る。

「では誰のために励んでいる?」

「……お前を狩るため!」

 常に余裕の姿勢を崩さない朧。それはまるで、どれだけ努力を重ねても無駄だと言われているようで手に力が入った。

「ああ、俺のためだな。良い返事を聞けて嬉しいよ」

 実に不毛なやり取りだ。

「朧様、あまりからかわれては……」

 藤代が朧を諫めてくれるけれど遅い。我慢の限界とばかりに私は打ち攻撃を放ち続けた。怒りも上乗せされた今日一番の反撃になったことだろう。

「矛先を向けられるのは全てわたくしなのですが!」

 叫びながらも態勢を崩さない藤代はさすがだ。まだ私が勝てる相手ではない。 

「椿様、打ち込みの強度が増しましたね。愛しい相手のことでも思い浮かべていらっしゃるのでしょうか!」

「ほう、それは焼ける」

 藤代が指摘すれば朧は平然と言い切った。

「今に見ていればいい!」

「楽しみにしているよ」

 穏やかに一日が過ぎて行く。一日でも早くこの連鎖を経ちきるため、私は必死に刀を振り続けた。

 そう、理解などしてはいけない。彼らは妖、私は人間。理解などあってはならない。
 狩るべき相手の庇護下、生きるための術を学ぶ。なんて滑稽なことだろう。みっともないことこの上ない。けれど私は、それでも私は……足掻く。たとえ屈辱を身に宿そうと。
 平穏に浸ってはいけない。絶ち切るのはこの刃、私の手で。その先に待つのは人として生きられる道、家族から与えられる赦しだと信じて足掻く。
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