妖しな嫁入り
「朧様が、生憎の天気なのでぜひ椿様と共に外出したいと申されております」

 藤代は『ぜひ』をやけに強調してくれる。
 まず撤回しよう。朧の気まぐれで講義と稽古は中止になることがあるようだ。そもそもあいにくの天気ですから――からの外出とは文脈がおかしくないだろうか。人間は生憎の天気で外出を控えるはず。雨の夜は常にも増して人気が少なかったと記憶している。

「野菊、後は頼みます」

「待って、私は了承していない!」

 まったくもって藤代には待つ気配がない。去っていく藤代に反論すべく追いすがるも、阻止するように立ちはだかる野菊。彼女に手を引かれ、私は鏡台へと連れ連行された。
 本気で嫌なら実力行使に訴えればいい。けれど危害を加えないという約束が私を押しとどめた。手を振り払うくらい危害に換算されることはないだろうに。

「着物、やっと一人で着られるようになったのに。それをわざわざ着替え直して、髪まで結い直すなんて……」

 髪を高く結い上げていたはずの紐を奪われ、鏡越しに視線を送る。
 藤代にも告げた通り、私はすでに着替え終えていたところだ。ちなみに贈られた着物の中では幾分か色合いの落ち着いた物を選んで。それは野菊によってあっさりとはぎ取られてしまい、現在身に纏うのは袖にも胸にも足元にまで大輪の花が咲き誇る着物である。

「これから朧様と逢瀬を楽しまれると聞き及んでおりますので、そのように着飾ってほしいと命をうけております」

 髪をすく野菊が当然のように答えてくる。

「私は了承していないのに勝手な……逢瀬!?」

 勢い余って顔を動かしそうになったところ、野菊にたしなめられた。

「せっかくの雨ですから共に外出されると」

「外出? 私、外へ……行くの?」

 行けるの? 
 本当は、そう口にしたかった。まだ夜ではないのに、それも妖を狩る以外で外に出られるの?

「そのように喜ばれては朧様も幸せでしょうね」

 野菊の発言が彷徨っていた思考を現実へと引き戻し、私は耳を疑った。

「喜ぶ、誰が?」

 まさかとは思う。ここには私しかいない。

「私が、喜んでいると思うの?」

「いつもより表情豊に見受けられましたから。勘違いでしたら申し訳ございません」

「別に、謝る必要もないこと」
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