妖しな嫁入り
「ふふっ、またいつもよりも感情表現豊かでいらっしゃる。その様に困った顔を見せられたのも初めてです。使えてからというもの、椿様は基本的に無表情でいらっしゃいましたから」
「そう、だった?」
「ほら、見てください。鏡の中のお顔」
鏡に映る私、当たり前だけど私。表情よりも、まず注目してしまうのは髪型だ。櫛で丁寧に梳かされ、赤い髪紐で緩く結んでは背に流す。邪魔だからと、いつも高く結んでいたので落ち着かない。と言うより自分ではないようで落ち着かない。
「せっかくです、紅も差しましょう!」
すっかり楽しくなった様子の野菊が私の唇を赤い色で塗り始める。そのくすぐったさに身じろげば「動かないで下さい!」と彼女にしては強めの声で阻止された。
「これは何?」
「ああ、触れてはいけませんよ。簡単に落ちてしまいますから。紅と申しまして、女性を美しく飾り立てるものです。椿様、よくお似合いですよ。本当にお名前の通り、椿のようにお美しい方。朧様が夢中になられるのもわかります」
どうも屋敷の妖と自分の間には深い誤解があるようだ。妖と人間の目に映る景色は違うのだろうかと思うほど認識の差が激しい。
「誰が、誰に夢中?」
一言一句、噛みしめるように発言する。無論、再び野菊の口から紡がれたのは未だ目にしたことのない美しいと噂の花と同じ音だった。
いつもと違う髪型に、自分ではおよそ選ばないような着物。紅を差した私の唇は……野菊の指摘するように楽しげだった、かもしれない。少なからずこの誘いに浮かれている証。その全てが、私を別人のように映していた。
野菊に連れられ、私は玄関までやってきた。
「支度は整ったようだな」
すでに支度の整っている朧が私に気付く。
「……おかげ様で」
「そう嬉しそうな顔をするな。行くぞ」
先ほど野菊から指摘された件もあり反論しずらい。たとえ誰の隣を歩くことになろうとも、昼に外へ出られるという事実が私の気持ちを高揚させている。
「いいの? 私なんかを外に連れ出して」
「何故だ?」
「いちいち指摘しないとわからない? 私、影がない。それに逃げ出すとも思わないの?」
「お前は約束を違える女ではあるまい。それに、どこへ逃げる?」
「私の弱みなんて、とうに握っていると言いたいのね」
「そう、だった?」
「ほら、見てください。鏡の中のお顔」
鏡に映る私、当たり前だけど私。表情よりも、まず注目してしまうのは髪型だ。櫛で丁寧に梳かされ、赤い髪紐で緩く結んでは背に流す。邪魔だからと、いつも高く結んでいたので落ち着かない。と言うより自分ではないようで落ち着かない。
「せっかくです、紅も差しましょう!」
すっかり楽しくなった様子の野菊が私の唇を赤い色で塗り始める。そのくすぐったさに身じろげば「動かないで下さい!」と彼女にしては強めの声で阻止された。
「これは何?」
「ああ、触れてはいけませんよ。簡単に落ちてしまいますから。紅と申しまして、女性を美しく飾り立てるものです。椿様、よくお似合いですよ。本当にお名前の通り、椿のようにお美しい方。朧様が夢中になられるのもわかります」
どうも屋敷の妖と自分の間には深い誤解があるようだ。妖と人間の目に映る景色は違うのだろうかと思うほど認識の差が激しい。
「誰が、誰に夢中?」
一言一句、噛みしめるように発言する。無論、再び野菊の口から紡がれたのは未だ目にしたことのない美しいと噂の花と同じ音だった。
いつもと違う髪型に、自分ではおよそ選ばないような着物。紅を差した私の唇は……野菊の指摘するように楽しげだった、かもしれない。少なからずこの誘いに浮かれている証。その全てが、私を別人のように映していた。
野菊に連れられ、私は玄関までやってきた。
「支度は整ったようだな」
すでに支度の整っている朧が私に気付く。
「……おかげ様で」
「そう嬉しそうな顔をするな。行くぞ」
先ほど野菊から指摘された件もあり反論しずらい。たとえ誰の隣を歩くことになろうとも、昼に外へ出られるという事実が私の気持ちを高揚させている。
「いいの? 私なんかを外に連れ出して」
「何故だ?」
「いちいち指摘しないとわからない? 私、影がない。それに逃げ出すとも思わないの?」
「お前は約束を違える女ではあるまい。それに、どこへ逃げる?」
「私の弱みなんて、とうに握っていると言いたいのね」