妖しな嫁入り
どうせ逃げ帰る場所のない女だ。そう考えていたのだが、朧の口から紡がれたのは予想外の回答だ。
「どこへ逃げたところで連れ戻す。問題あるまい」
何か寒気が……。
雨のせいだ、きっと。そういうことに、しておこう……。
「全力で逃げたくなったけれど、私は約束を破るような人間ではないから、実行はしないでおく」
「それは感謝する。だが、これは覚えておいてくれ。本当に君の姿が見えなくなってしまったら、俺は必死で探すだろう」
「なら安心。私の姿が見えなくなる時、それはお前の命が消える時」
「そうか。それを聞いて安心したよ」
嫌味がまったくもって通じない。なんて強い男だろう。それとも私の語彙が乏しいのがいけない!?
「さて、出掛けよう。不安に思うことはない。雲が全て隠してくれる。誰も君に影がないとは気付くまい」
朧は私に影がないことを忘れてはいなかった。それどころか雨の日なら外へ出られると配慮してくれていたのか。
開け放たれた戸の外には相変わらず薄暗い景色が広がっていた。けれど夜よりは格段に明るい世界が待っている。
前に立つ朧が私に手を差し伸べる。「来い」と言うのだろう。誘いに乗せられるのは癪だが、外へは出てみたい。だからその手を取り――、なんてことはしないが足を踏み出していた。
「どうして傘が一本? 私の目に狂いがなければ一緒に入れと言われているように見えて……もちろん気のせいだとは思うけれど」
「言葉なしに意思疎通が叶うとは、少しは心が通じ合えたと自惚れても良いのかな」
「……雨、今すぐ止めばいいのに」
朧は言った。生憎我が家に傘は一本しかないと。
確かに玄関にそれらしきものは見当たらないが、私は知っている。先ほど後ろ姿を見せた藤代、彼が大量の傘を抱えていたことを。
傘と一緒にどこへ姿を眩ませた!?
苛立ちを押さえこみ、一歩踏み出した私は大切なことを思い出す。
「どうした。何か忘れでもしたか? 取ってこさせよう」
「刀、忘れてた」
「どうやらその必要はなさそうだ」
「外出の必需品」
本心から答えると、諭すように名を呼ばれる。
「君の望みは極力叶えてやりたいと思っているが、生憎このご時世では刀を差して出歩くことは難しい。違反者として捕らえられ、楽しい逢瀬どころではなくなってしまう」
「どこへ逃げたところで連れ戻す。問題あるまい」
何か寒気が……。
雨のせいだ、きっと。そういうことに、しておこう……。
「全力で逃げたくなったけれど、私は約束を破るような人間ではないから、実行はしないでおく」
「それは感謝する。だが、これは覚えておいてくれ。本当に君の姿が見えなくなってしまったら、俺は必死で探すだろう」
「なら安心。私の姿が見えなくなる時、それはお前の命が消える時」
「そうか。それを聞いて安心したよ」
嫌味がまったくもって通じない。なんて強い男だろう。それとも私の語彙が乏しいのがいけない!?
「さて、出掛けよう。不安に思うことはない。雲が全て隠してくれる。誰も君に影がないとは気付くまい」
朧は私に影がないことを忘れてはいなかった。それどころか雨の日なら外へ出られると配慮してくれていたのか。
開け放たれた戸の外には相変わらず薄暗い景色が広がっていた。けれど夜よりは格段に明るい世界が待っている。
前に立つ朧が私に手を差し伸べる。「来い」と言うのだろう。誘いに乗せられるのは癪だが、外へは出てみたい。だからその手を取り――、なんてことはしないが足を踏み出していた。
「どうして傘が一本? 私の目に狂いがなければ一緒に入れと言われているように見えて……もちろん気のせいだとは思うけれど」
「言葉なしに意思疎通が叶うとは、少しは心が通じ合えたと自惚れても良いのかな」
「……雨、今すぐ止めばいいのに」
朧は言った。生憎我が家に傘は一本しかないと。
確かに玄関にそれらしきものは見当たらないが、私は知っている。先ほど後ろ姿を見せた藤代、彼が大量の傘を抱えていたことを。
傘と一緒にどこへ姿を眩ませた!?
苛立ちを押さえこみ、一歩踏み出した私は大切なことを思い出す。
「どうした。何か忘れでもしたか? 取ってこさせよう」
「刀、忘れてた」
「どうやらその必要はなさそうだ」
「外出の必需品」
本心から答えると、諭すように名を呼ばれる。
「君の望みは極力叶えてやりたいと思っているが、生憎このご時世では刀を差して出歩くことは難しい。違反者として捕らえられ、楽しい逢瀬どころではなくなってしまう」