妖しな嫁入り
「仲間の報復を?」

 振り向いて、私は絶望を知る。暗闇でも劣ることのない目が初めて疎ましく思えた。見間違えであれば、どんなに良かっただろう。
 派手な着流しを纏う男は静かに佇んでいた。刀を向けられた焦りは微塵も感じさせない。腰ほどまでに伸ばされた白髪を揺らし、惜しげもなく美しい容姿を晒している。
 それだけなら普通の光景なのに――男には耳と尻尾がある。九本の尻尾が楽しそうに踊る。
 まるで私の怖れをあざ笑うように。

「いや、そいつは俺の酒に手を出してね。むしろ酒の仇をとってくれた君に礼を言おう」

 男からは真意が読み取れない。けれど迂闊に言葉を発することはできなかった。

「黒衣に、黒い刃。なるほど、この辺りで暴れている女というのは君のことか」

 こちらの緊張などお構いなしに男は平然としゃべり続けてくれる。いつもなら問答無用で斬りかかっている頃なのに。相手は妖弧、これまでとは格が違う。

「しかし驚いた。まさか半分こちら側とは、何故人間の肩を持つ?」

 言葉を噛みしめれば、同じ存在のように仄めかされたと理解し嫌悪する。

「何を言うの。私は人間、お前たちとは違う」

「気の強いことだ。なかなかに好ましい」

 一歩、近づかれた。愉快そうに唇が歪められたのがわかる。
 気押されたなんて認めたくないのに、不覚にも身を引いてしまった。
 そして気付かされる。背後に倒れた人間がいたことを。

『人でいたければ人の役に立て。妖を狩れ』

 この人たちを守らなければならない。
 ここで引くわけにはいかない。
 そもそも逃げる場所などないのに、私は身を引いてどこへ行こうとした?
 勝つか負けるか、生き残るか殺されるか。私にはその選択しか許されないのに……。

 妖が距離を詰めるたび、絶望が忍び寄る。強大な力を前に、知らず手足は震えていた。
 それでも私は前を向く。どんなに強い妖相手だろうと、今日まで生き残ってきたのは私。だから今日も――

 そう思うのに、勝てる気がしない。これが格の違いというのだろう。だとすれば、呪われた身とはいえ今日まで生きてこられたことを幸運だったと改めるべきか。今更改めたところで人生はあと数秒、長くて数分だろうけれど。
 妖狐の手が迫り、せめて一太刀浴びせてやろうと刀を振り上げた。
 しかし抵抗むなしく、二本の長い指が黒い刃を受け止める。

「このっ!」
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