妖しな嫁入り
 店主は上機嫌に簪を並べ始める。その勢いに圧倒されて、私はといえば目がくらみそうだ。
 そんな私に朧はどれが良いと問い掛ける。次々と目の前に並べられる簪は赤や黄金色、黒でさえ艶を放ち色とりどり。正直どれを見ていればいいのかさえわからない。

「まさかとは思うけど、ここに来たかった?」

 何を今更と朧は不思議そうである。対して私は拍子抜けしていた。

「こんなのまるで、普通の人間みたい」

 いったい本日何度目の指摘だろう。

「君は何を想像していたんだ?」

「色々と」

「ほう、色々ね。君の想像にも興味はあるが、まずは品を選んでくれないか」

「私に物の良し悪しが分かるとでも」

 期待にこたえられるはずがないと喧嘩越しの返しになっていた。

「目利きを求めているわけじゃない。気に入った物はないかと聞いている」

「気に入る?」

「いつも一方的に贈ってばかりだろう。好みを聞いてみたかった」

「だから、連れてきたの?」

 一体、どんな大層な目的があるのかと期待していた自分が馬鹿みたいだ。

「相変わらずわけがわからない。もらう理由もないのに」

 朧は酷く呆れた様子で「やれやれ」と肩を竦める。

「刀は喜んで受け取るくせに、着物や装飾品になれば途端に消極的だな」

「それは! どうしていいか、わからない……。扱いに、困る。でも刀は目的、扱い方が明白で助かる」

 綺麗な物から目を背けてしまう。ここに並んでいるのは自分には無縁のものばかりだ。
 ふいに朧は一つの簪を取り、私の髪へ当てる。

「自分の女を着飾りたい。身につけてくれるだけで良いんだ。笑顔を浮かべてくれると尚いいが、それは難しいかな」

 さあ選べと、なおも朧が視線で促す。

「笑顔よりは難しくないだろう?」

 その通りだとしても、何を選べばいいのかさっぱりだ。
 とはいえ永遠に固まっているわけにもいかない。指一本すら動かそうとしない私を店主が心配そうに気遣ってくれるのでいたたまれない。
 仕方なく、まずは端から目で追ってみる。やがて私の目を止めさせたのは――

「これが気に入ったのか?」

 私が手を触れるより先に朧が気付く。

「良い趣味だ」

「そう?」

 よほど値が張る品なのだろうか。

「これをもらおう」
< 40 / 106 >

この作品をシェア

pagetop