妖しな嫁入り
宿の一室
 そうして連れてこられた宿の一室にて、私は叫ぶ。

「同じ部屋!?」

「生憎、他は満室のようだ」

 朧はさらりと言ってのける。

「私は外で構わない」

 妖屋敷にて、私たちは完全に別々の時間を過ごしていた。朧が様子を伺いにやってくることを覗けば、ほぼ別々だ。部屋はもちろんのこと、食事から就寝に至るまで。
 それが突然の同室。同じ時間、空間を共有することが義務付けられる。目先に迫っている。

「おい、それはどういう状況だ。震える女を外に放りだし、俺に一人安穏と部屋で寛ぐような非道を演じろというのか」

 またしても攻防が始まった。私たちはそのくり返しばかり。朧にとって害のある意見をしているわけでもないのに、素直に了承されたためしはない。

「災難だったな、椿。衝立の向こう側で着替えるといい。着替えは宿の者が手配してくれた」

 そう、私の着物は無残に濡れてしまった。
 どうしてこうなったのか、それは遡ること数分前――

 鳴り響く耳鳴りを消し去りたくて、ひたすら無言だった。それを体調が悪いと解釈したのか、朧は干渉しようとしなかった。
 そう、私はひたすら無を貫いていた。そのせいで注意を促してくれた朧の声も綺麗に抜け落ち、何か言ったかと聞き返した時にはすでに遅く。ぬかるみに足を取られ転ぶと覚悟したのも束の間、温かい腕に抱きとめられる。けれど私はその温もりから逃げた。勢いのまま傘から飛び出し、転ぶことは免れたが、桶をひっくり返したような大雨にうたれ。それによって先を急いでいた通りすがりの荷車の水が跳ね……完全に自らの招いた失態である。

「そう嫌そうな顔をするな。風邪をひかれては困る。君も体調不慮で妖に看病されるなど屈辱だろう」

 なるほどそれは屈辱だが、もう既に己の過失に十分屈辱を感じている。この上妖に看病、確かにそれは嫌だ。

「ひっ!」

 驚いた弾みに喉から悲鳴が零れる。朧の手が私の帯に触れて解き始めていたのだ。

「お、帯を放して!」

 無言で睨み続けていたせいか実力行使に移られている。彼の着物とは明らかに構造が違うのに慣れた手つきだ。私より素早く無駄がないように思う。
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