妖しな嫁入り
 時が経つほど、朧に対する感情が増えていく。大嫌いな妖、憎い存在、人の敵――それが朧であってほしい。それ以外の感情を私に抱かせないでいて。
 

 どれくらい時間がたっただろう。外は雨雲のせいか時間のせいか、あるいは両方か未だ暗く。いつまでもこうしていてはいずれ朝が来てしまう。そうすれば眠った朧も目覚めてしまう。

「朧」

 小さく名を呼んだ。

 ……返答はない。
 決意して壁から離れた。慎重に畳みを踏み一歩ずつ、静かに足を運ぶ。
 
 朧は布団を被り、こちらに背を向けていた。寝ている、のだろうか。判断はつかない。
 布団をめくってから、簪を振り下ろしていては時間の無駄が多い。なら、このまま首を狙おう――そんなことを考えた。

 少しずつ確実に、けれど近づいても動きがない。
 大丈夫、いつもしていることと同じ。もう、手の届く位置にいる。

 この手を振りおろせば――

 ああ、良かった。
 大丈夫、私はまだ私でいられた。この手を振り下ろすことが出来た!
 そこには確かな安堵と小さな喜びが含まれていた。

「そんなにも心乱れては俺はやれんぞ」

 振り下ろしたはずの手は朧に掴まれていた。上から力をかけているのに、圧倒的に押し負けているのは私だ。

「騙したの」

 起きている可能性も想定していたので驚きはしない。私を見据える朧の瞳は今起きたという目ではなかった。

「君が襲ってくたらと期待していたが、こういう展開を望んでいたわけじゃない。大方予想通りではあるが……それも悲しいところだな」

「予想通り? だとしたら、どうして逃げなかった。お前は逃げなかった、それは甘んじて受けてもいいということでしょう」

 さらに両手で力を込める。

「違う。俺の望みは、こうだよ」

 艶やかな声、そう感じた私の視界が揺れる。渾身の力を込めていたところ、逆に手を引かれ利用されたのだ。押し倒され、背には畳の感触。朧の髪が私の頬を霞め少しくすぐったい。

「……誰も訊いてない」

「動揺もしてくれないとはな」

「どこに動揺する必要があるの」
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