妖しな嫁入り
 対峙する女は不思議そうに首を傾げる。

「もちろん私だって、初めからこうするつもりはなかったのよ。ただ、あなたが予想外にしぶといから困ってしまって。今頃死んでいる予定だったのに……」

 眉を寄せ、憂い顔で長く息を吐かれた。いくら弁明されようと、困った顔を浮かべられたところで行いが消えることはない。

「予定を変更しないとね。本当は始末して欲しいと言われているけれど、難しいようなら貶めるだけでも構わないそうよ。だから、あれを殺したのはあなた。そして私にも襲いかかってきた」

 名案だと笑う。
 この妖は何を言っているの?

「私は朧以外に刀を向けない」

「誰が信じるのかしら。せいぜいあなたの立場を悪くしてあげる」

「朧は……」

 私は朧を信じている。けれど朧はどうだろう。信じてくれるのか、根拠はどこにもない。

「あなた、邪魔なんですって」

「知っている」

 言われるまでもなく最初から理解している。人間を食らうでもなく囲うなんて可笑しなこと、いかに主命であろうと妖たちが疎まないはずがない。
 藤代だって、野菊だって……この屋敷の妖はおかしい。平然と私に近づいて、声をかけて、笑いかけて――

 理解しているつもりだった。それなのに私の動きは鈍っていた。体が思うように動かないのは事実を突きつけられたせい? この妖の言葉が悲しくて、傷ついた?
 鋭い爪を避けた拍子に腕を引かれ、畳みに倒れ込んだ。頬が擦れて熱を持つ。

「あら、案外殺せそう? 特に恨みはないけれど、緋月(ひづき)様の命令には私も逆らえないの。あなたも災難ね。彼女に目をつけられるなんて」

 私の体に乗り上げた妖は優位な状況に口が緩むのか饒舌だ。刀があればこの状況を打破できる。でも傷つけてはいけない。相反する感情がせめぎ合い、やがて身動きが取れなくなっていく。

「悪く思わないでね」

 爪が振り下ろされる先は脈打つ胸だ。
 きっと刀さえ抜いていればこんなことにはならなかった。
 でも、それをやってしまったら私は自分を赦せなかった。だからこれで良かったの。望月家からの言いつけを破ってしまった私が、今度は最後まで約束を違えずに済んだ。そのことが妙に誇らしい。
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