妖しな嫁入り
「構えて。私には、ここで刃を交え生きるか死ぬかの道しかない」

「やれやれ、困ったものだ」

 困らされているのは私だ。早く止めを刺せばいいものを、何を悠長に求婚などして戯れているの?
 後悔させてやろうと私は攻撃を放った。

「おっと」

 最小限の動きでかわされた。まるで太刀すじは全てわかっていると言いたげだ。
 月光を受けた刃は輝きを放ち、場違いにも美しいと思った。行く末を見守る欠けた月も、憎らしいほど夜にはえる。
 刀を握った手を掴まれた。引き寄せらると、かすかに花の香りがする。けれど私はその香りの正体を知らない。

「何をっ!!」

 見開いた瞳に妖狐の顔が迫り、抵抗する暇もなく口付けられていた。
 ほんの一時。けれど私にとって、それは永遠ほど長くも感じられた。触れた唇から熱が生まれ私の体を蝕んでいく。
 妖しく光る黄金色、妖弧の瞳には私の姿が映っている。姿形は人と同じ。まるで人間を前にしているようだった。

「君は椿だ。それでいいだろう?」

 聞きわけのない子どもを諭すように優しく、形の良い唇が言い聞かせるように告げる。それでいて鋭い眼差しが射抜くのだから、私は威嚇されたように刀を落としていた。
 熱に浮かされ始めた体が痺れ言うことを聞かない。薬か術の類を使用されたに違いない。

 どこまでふざけるつもりなの。馬鹿にするのも大概にして!

 悪態を吐いたつもりが音にならず、意識は朦朧としていた。
 足がふらつき始めると、名も知らぬ花の香りに包まれる。まだ地面に崩れ落ちる方がましなのに、妖狐の腕がそれを許してはくれない。

 だから私は知りたくもないことを知る羽目になる。

 抱きとめる腕の温かさなんて、知りたくなかった。

 どんなに強い妖を倒そうと褒めてくれる人はいない。
 深い傷を負い、命からがら望月家へ戻ったこともある。
 力の入らない手足を必死に動かし、地を這いながら部屋まで戻ったこともある。

 いつだって、そこに差し伸べられる手はない。

 それなのに、ここはなんて温かい――

 まるで血の通った人間のようで……

 心地良いなど知りたくなかった。最悪だ。
< 6 / 106 >

この作品をシェア

pagetop