妖しな嫁入り
「な、何を申します。騙されてはいけません! この女は同胞狩りをしていたと聞きました。そんな女を囲うなど、どうかしています。朧様に卑怯な手でも使って取り入ったに違いありません。だからこそ――」

 言葉は濁されたけれどその先に続く言葉を私は知っている。だからこそ『ひづき』という妖は私が邪魔だった。

「いつ、椿が俺に取り入った? むしろ多少は色でも使って取り入ってほしいくらいだ」

「朧様、そこまで言っておりません」

 藤代が呆れた反応を示し、ようやく生きている実感が湧き始める。

「な、何をおっしゃって……? と、とにかく私はこの目で見ました!」

「ほう、なにを見たと?」

 まるで試すような言い方だ。

「ですから、この女が刀で私の友を刺したのです!」

「椿が?」

「はい!」

 それをしたのは自分なのに、なおかつ嘲笑っていたはずの女は平然と嘘を吐く。
 朧は興味なさそうに妖の亡骸に刺さる刀を見遣った。

「彼女の刃は黒い」

「は?」

 女は意味がわからないという表情で目を丸くする。

「確かに椿様は刃を黒く染めてしまいますね」

 当然のように藤代が言い、朧が刀を抜き拾い上げた。

「椿、すまないが握ってくれないか」

 痛みのない右を動かし、いつものように刀を握る。鏡のように透明な輝きを放っていた刃は、瞬く間に黒い闇色へと変貌した。それを皮切りに部屋の前で様子を窺っていた妖たちも口を挟む。

「私も見たことあるわ」

「確かに。椿様の稽古姿は何度か目にしているが、刃は黒かった」

 そんな野次馬たちをかきわけ、飛び込んできたのは野菊だ。

「椿様はこんなことをなさる方ではありません!」

 野菊が叫んだ。あの淑やかでお手本のような存在としていた野菊が……

「初めは私も戸惑っていました。朧様に刃を向けてばかり、怖ろしい方だと。でもそれは朧様にだけ、容赦がないのは朧様にだけです! 絶対に私たちに手を上げるようなことはありませんでした。本当はお優しい方なのです。こんな、怖ろしいことをなさる方ではありません」

 ありがとう、野菊。そう思う反面、妖に庇われて複雑だ。

「朧、『ひづき』というのは誰?」

 瞬時に辺りがざわつく。よほど有名なのか、その名を口にしたとたん視線を集めた。特に朧からの視線が痛く、彼にとって良く知る相手なのかもしれない。
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