妖しな嫁入り
「臨時に雇った妖などと、言い訳だな。俺の責任だ。謝罪の印に一太刀くらいは受けて構わないが?」

 いつでも良いぞと言われたのに私は動けない。こんな機会、二度とないかもしれないのに。潔く権利を行使して首を跳ねてしまうのが正しい行動のはず。

「お前が何かしたわけじゃない。気にしていない」

 気にしなくていい? 妖相手に自らの発言を疑う。

「いいのか、絶好の機会だぞ」

「こんなことで機会をもらっても嬉しくない」

 私は殺るなら自分の実力でなければ納得できないだけ。朧は騙し打ちのような形で幕を引いていい相手ではない。

「命を狙われたんだ。こんなことで済ませていいのか?」

「別に、日常だったから。それに死ぬことは――」

「怖くないと、本当にそう言い切れるのか?」

 朧が私の手を取る。何がしたいのかと不思議に思い視線を向ければ唖然とするしかない。

「私……」

 自らの手が震えていることに初めて気付く。

「強がる必要はない」

 お前に強がらずして強がりとは誰に見せつければ良いものか、そう思った。だからそんな風に優しいことを言わないで。
 初めて妖と対峙した時、怖ろしいと感じた。こんな怖ろしい生き物がいるのかと身がすくんだ。けれど感情を麻痺させて対峙する。怖いと呟いたところで意味はないから、だから蓋をしてきたのに……朧がこじ開ける。

「こわ、かった? ……怖かったに、決まってる」

 本音が零れた瞬間、抱きしめられていた。恐怖から守るように囲いこまれ戸惑う。これは私を甘やかし、私を駄目にする優しい腕の感触だ。

「朧、痛い」

 誤魔化すように言い訳を口にする。だが、全く嘘というわけでもない。すまないと小さな謝罪が聞こえれば腕の力が弱まった。
 この温もりは生きている証、そして朧がそばにいる証。
 距離があるのが当たり前。それなのに、現在私たちの間に距離はない。傷に触らないよう腕の力こそ緩められたとはいえ、そばにいることに変わりはなかった。

 いつまでこうしているのだろう。離れ難いと、朧は思っているのだろうか……
 
 断じて離れてしまうのが残念だとか、そんなことが脳裏をよぎったりはしていない!

 でも、こうしていると安心するのは事実だった。もう怖い妖はいなくて、生死の心配をする必要がなくて、安心していられると油断してしまう。じわじわと、朧の温かさは私を駄目にしていく。いっそ縋りついて泣き叫べば何か変わったのだろうか……
 駄目、私はそんなことにはならない。一人で立って一人で歩く、だから朧は毒にしかならない。

 早く離れなければ――

 何度も焦りが生れては、耳元で警告を囁いていた。
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