妖しな嫁入り
 ふと、目が合う。
 あまりにじっと見つめていたのがいけなかったのかもしれない。視線を感じたのだろう。
 順調に酒を煽っていた朧の手は不自然な位置で止まったまま、石化してしまった。とはいえ私の役目は固まった朧を観察することではない。朧から受け続ける視線は無視して私は自分の仕事にとりかかる。空になった酒を足して回った。
 無言で顔を逸らした瞬間「おい、ちょっと待て!」という明らかに私に向けたような言葉が聞こえた気がする。すぐに立ち上がろうとした朧を止めたのは、そばに控えていた藤代だ。私を止めようとした朧をさらに止めてくれた藤代、おかげで仕事の邪魔をされずに済んだ。先手を打ってくれた藤代に感謝をしつつ横目でうかがえば、今なお藤代が朧の肩に手を置き上座に縫い留めている。

「先ほどからつまらない顔で酒を飲んでいるかと思えば、突然どうされましたか?」

「どうした、だと?」

 むしろお前がどうしたと言う形相で朧が問い詰めた。当然ながら藤代は私が働くに至った経緯を全て知っている。

「つい先ほど雇った者です。それが何か?」

「何か、だと? 問題しかないだろう」

「そうですね……。初めて働かせる方ですし、最初はわたくしも不安を抱いてはいました。なにせ妖を仇にされている様子、ですが先ほどの一件を受け感銘いたしました。これならば間違っても来客たちに手を上げることもないでしょう。それに立ち居ふるまいにも問題はございません。おそらく師が優秀だったのでしょう。どこへ出してもなんら恥ずかしくありませんが、朧様は何を問題だとおっしゃられているのです?」

「君の感想は聞いていない」

「さようで」
 
 しばらく睨みあっていた二人。次に私が意識を向けた時、笑顔に戻っていたのは朧だった。

「そうかそうか。では彼女を呼んでくれ。気に入ったので酌を頼みたい」

「……酌、果たしてしていただけるかどうか」

 藤代に呼ばれ、私は朧の元へ向かった。これでも忙しいのだが、他者からの目もある中で命令には逆らえないそうだ。

「弁明があるなら聞こう」

 そばに寄るなり強めな口調。誰の差し金だと鋭い眼差しで辺りを見回している。

「弁明?」

 悪いことをしているような言い草はやめてほしい。やましいことなどあるわけもなく正直に答える。
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